洛禎OB会(その3)吉田彦六郎の業績 


 明治31年に創設された京都帝国大学化学科の第三講座(有機製造化学)を担当した吉田彦六郎は、「漆酸(のちのウルシオール)を単離分析したばかりではなく、漆の硬化に必要な物質(のちにラッカーゼと呼ばれる酸化酵素)を世界に魁けて発見した」(高分子学会編、「日本の高分子科学技術史(補訂版)」66頁)。吉田の和文報告の文言は格調高い。漆汁中ノ含窒素物ハ其漆酸ニ於テ恰モ釀母ノ如キ動作ヲ顕スモノト為ス」(明治17年東京化学会誌)。草稿は墨痕淋漓としていた由。その前年JCS(1883)に論文発表。流麗な英文だったという。なお、Laccaseの命名は、G.E.Bertranndよって1894年に為された由。京大工化の創成期に深く関わった吉田教授が、1913年(大正2年)澤柳事件に巻き込まれた同僚の吉川教授とともに免官となり、京大工化系は大きい衝撃を受けた。大正38月には、中沢良夫教授(電気化学)が工化第二講座担当。大正5年には喜多を招聘した。 
 
注)吉田彦六郎は1859年、広島県福山に生まれ。1880年東京帝国大学卒業。明治29年(1896年)三高教授。明治31年(1898年)京都帝国大学理工科大学、化学第三講座(有機製造化学)担当。大正2年(1913年)依願免官。 
 
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伊藤 一男