ミュンヘン郊外にYさんのお宅を訪ねて(1)

野生のヒナゲシと干草の匂い

               武山文子

            

文章を学ぶ会「鳥影」に入会してから11年になる。年に一度の文集をめくってみると、ともに学んだお仲間の顔ぶれも少しずつ変わってきた。私と同じ遠隔地会員のYさんご夫妻がドイツ・ミュンヘンの生活事情を興味深く書いた特派員便りのようなエッセイを、みんなが心待ちにしている。

まいねん、名古屋城がサクラで満開の頃、《文集出版お祝い会》の席で、妹の歩さんとお揃いでババリア地方の民俗衣装を纏った梢・Yさんと、大きな目の上にお気に入りの緑のチロリアンハットを載せたボル・Yさんにお目にかかれるのが楽しみだ。ドイツになんかいか旅をしている夫も文集の熱心な読者として、今年はお祝い会に出席した。

〈Yさん、6月にミュンヘンに行きますけどお宅に伺っていいですか〉

〈どうぞ、どうぞ〉

いつも積極外交を進める夫の一言で早くも旅が実現した。

 

文集の活字の中で想像していたミュンヘン郊外の風景が、動画となって動き出した。6月9日ケルンから鉄道でミュンヘン入りし、街中のホテルに着いたとたんに、ご夫妻が迎えてくださった。観光客は来ない穴場のビアガーデンで軽く一杯。民族衣装のウエイトレスと記念写真を撮る。路面電車に乗って市内めぐりをした。トルコ人の若い家族をマンションに訪問して、ミーナさん手作りで、スパイスの効いたトルコ料理のおつまみをいただいた。ボルさんによくなついて、かわいい赤ちゃん・ポイ君にも対面した。

 

〈明後日は郊外電車Sバーンに乗って40分。アイイングの駅でお待ちしています〉

と時刻表も調べて一日切符まで買ってくださった。

5月末から冷たい雨続きでYさんご夫妻が心配していたお天気も、からりとした晴天で青空に白い雲も飛んでいる。自転車車両も付いている郊外電車の乗客は少なく、緑が広がる景色を眺めていると小さな駅についた。駅舎や売店、トイレもなく、カフェ一軒が目に付くくらいで、のんびりしている。予定よりひとつ早い電車で着いたので、木陰のベンチに座っていると、赤い小型車のお迎えが来た。ボルさん運転で、お宅のあるフェルトキルヘンに向かう。農道を走って行くと、広い牧草地の向こうには森や赤い屋根の家も見える。

〈野生のヒナゲシが咲いていますよ〉

道端に目をやると、モネの『ひなげし』や『日傘の婦人』の絵にあるような小さくて優しいオレンジのヒナゲシが風に揺れている。ちょっと降りて帽子の婦人の記念写真。

〈あれが古代ローマの軍隊が通った道〉

少し広くなっている普通の農道だが、歴史の歯車をまわしてみると、古代戦車の轍の音も聞こえるようで不思議な気がした。ボルさんが先生をしていた学校にも立ち寄った。エッセイに書いてあった教え子たちとの思い出が頭をよぎる。今でも交流が続いているという。

広い牧草地は機械で刈り取られ、車輪のような形にローリングされている。気持ちよさそうに白と茶の斑の牛が寝そべっている。ハーブのように乾いた干草のいい匂いがする。今、田園にいることを実感する。

 

昼食の準備にお肉屋さんに立ち寄ると、いろんな種類の肉やソーセージがケースに一杯並んでいる。朝作りのホワイトソーセージは、11時半までに食する習慣だそうだ。今は観光地では、午後でも作っているようだが。店の奥にかわいいカフェコーナーもある。

梢さんが馴染みのパン屋さんに立ち寄り、ニコニコと会話しながら焼きたての黒パンやプレッツェルを買う。

間もなくお宅に到着した。2階建ての1階部分と地下室が住まいで2階には別の方が住んでいるそうだ。家の回りにはヒナゲシやオダマキの花が咲いている。お庭には日本風の赤い紅葉の木もあり、懐かしい気がする。声がしてカケスのような鳥が飛んできた。

居間の本棚には本がぎっしり。鉄道マニアのボルさんが作った電車の模型もいっぱいだ。食堂のテーブルは花模様のお皿やカップ、ナプキンで素敵にコ―ディネートされている。アンチークな白いキャセロールに茹でたてのホワイトソーセージが出された。甘酸っぱいソースとよく合っておいしい。大根ピラミットのサラダもなかなかだ。台所の棚にもドイツ風や、日本風と中華風の器具が並び、国際結婚したお料理の先生らしいと思う。

〈あの電気釜は我が家にもあるのと同じ東芝の昭和40年代ものでは?〉

〈まだ使っていますよ〉

今は独立している二人の息子さんたちの写真も飾ってある。お部屋には電車や飛行機の模型がいっぱい。線路は続くどこまでもと、以前にはお庭にもレールがぐるりと敷かれていたそうだ。暖かいおもてなしに楽しい時間があっという間に過ぎていった。

 

土地の写真集、ミュンヘンの食品やナプキンなど、膨らんだお土産福袋を頂戴して、名残を惜しみつつ、ドライブに出発した。