(5)ニューヨークの地下鉄

 

ニューヨークの地下鉄は、1869年には実験的な短い路線ではあったが出来ていた。当時は交流の電気がなくすべては直流であったが、電車は近年まですべて直流であったから問題はなかった。しかし、エヂソンの経営する電気会社が一般の客に配電を始めたのが1881年だから地下鉄の路線はその12年も前に開始されていたことになる。ついでながら、交流方式を発明したのはテスラであって、その理論をとりいれて交流方式の配電や装置を開発したのはジョウジウエスチングハウスであった。したがってウエスチングハウスはエヂソンの強力な競争者となったばかでなく、送電配電や交流電気機器に関してエヂソンのはるか先を行ってしまった。

 

とにかくそんな電気の歴史と繋がっているニューヨークの地下鉄は、マンハッタンとブルックリンを網の目のごとく走っていて、車なしで住むことを可能にしている。地下鉄が24時間走っているのはさすがである。しかし地下鉄で何処へでも出来るといっても、街路地図には地下鉄の路線は書いてなく、地下鉄の地図には街路地図が大まかにしか書いていない。だから、地名を一枚の地図でみつけ、他の地図で地下鉄の乗り方を調べるのは非常に手間がかかる。

 

さらに地下鉄利用を複雑にするのは急行である。ニューヨークの地下鉄では、マンハッタンのいくつかの主要幹線は4車線になっていて、各駅停車と急行の両方が走っている。なれてくれば、JRの中央線を乗っているようなもので各駅停車と準急を使い分けられるが、なれないものにとっては降りられると思っていた駅は通過してしまうことになり、急行の次の駅から各駅停車で引き返すという不便なことになる。

 

ニューヨーク2日目の夜オペラに行くときには、ブルックリンのホテルからリンカーンセンターまで簡単に地下鉄で行けた。帰りはその反対を行けばよいはずだった。ところが11時半過ぎにオペラがおわり、地下鉄に行ったのだが、目当ての電車は30分以上来なかった。12時をかなり過ぎてやっと来た電車に乗り込んだのだが、その電車はいつもとは違う線路を走っていた。何事かと、近くの乗客にきいたら今日は工事のためこの電車は12時以後はブルックリンへは行かずマンハッタンの南端の駅で終着だという。なんということだ、知っていれば他の線で苦労なしに同じ駅に帰ることも出来たのに。

 

とにかく、夜1時近くにもなってウォール街の近くで降ろされ、他の線に乗り換えるのため、人のほとんど歩かないビル街をとことこ5~6ブロックも歩かされた。しかし、同じような人は他にもいるもので、トランクを引きずった女性が二人も同じ道をたどっており、その人たちと一緒にここではない、ああここだ、などと言いながら助け合って、目当ての駅までたどりつたのであった。

 

 

中村省一郎 12-8-2010

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