「化学史研究発表会」を聴講して

              武山文子(2010.7.6記)

 

「ドイツ化学史の旅パート3」から帰って半月後の7月4日(日)、梅雨の晴れ間で夏の日差しが照りつける中、御茶ノ水駅から下って、明治大学駿河台キャンパス・リバティ・タワーへと向かった。都会の街中にある立派な高層キャンパスに驚く。ロビーはバックパッカーの学生たちでいっぱいだ。

 

ちょっと気後れしながら13階の教室へアイソマーズの仲間、伊藤一男さんの講演

「ドイツ化学史の旅(1)」

を聴きに行った。

 

別府昭朗先生による「明治大学の歴史」の講演の後半を聴くと、明治大学が私学の特徴である自由な精神と個の確立を目指し、世界の中の大学へと向かってゆく流れが理解できた。

 

伊藤さんの講演は、説明も簡潔で解かり易く、余裕が感じられた。心から化学史の旅を楽しんだ様子が伝わってきた。何回も練り直し準備された資料は程よい分量であった。

 

19世紀の初め頃まだ化学後進国であったドイツが、わずか20年足らずで世界一の化学立国の座を占めるに至った理由を学ぶために始まった旅。

リービッヒ博物館を訪れ、ラクア教授の実験室で授業を受ける仲間たち。

ヴェーラーゆかりのゲッティンゲン大学では構内や歴史資料室を、街では銅像を気さくに案内してくださるティーツェ教授。

懐かしい写真の数々である。

 

纏めの圧巻はリービッヒの教育者としての業績をたどってゆくと、孫弟子、曾孫弟子、玄孫弟子と綺羅星の如く並ぶ人脈図である。バラを咲かせたようにピンクに塗られた40人以上ものノーベル賞受賞者が光っていた。

 

古城での夕食会の写真説明で、

「化学の事は分からないと言いながら、奥さんたちはよく付いてきてくれました」

伊藤さんの言葉に会場から笑いが起きた。

最初は確かにしぶしぶの感もあったが、3回も旅をすると、化学史の刷り込みも多くなり興味が湧いてきた。視覚的に面白いと思ったラクア教授と実験室の器具を油絵に描き、旅のエッセイにも残した。ミセス・アイソーマズの結束も固い。

 

首にドイツ国旗のマフラーをし、手にはブブゼラ、足元にサッカーボールを置くボンのケクレ像。会場の男性から

「サッカーボール、フラーレンですね」

とコメントがあった。アイソマーズの大沢さんが最初の提案者だ。

 

この後、伊藤良一さんの講演「旧制高校最後の教師 山岡望とその弟子」も聞かせていただいた。いつもアイソマーズたちが呪文のように言っている「山岡望」の全貌が理解できて良かった。伊藤良一さんは、アイソマーズのお仲間・伊藤英二さんのお兄さんとお聞きした。

 

気持ちよく門外漢に聴講を許可して下さったお世話役の梶先生、帰りにお声を掛けてくださった副会長の古川先生、有り難うございました。化学史研究会の知的な電波を受けて、主婦の日常が少し輝きました。