ノーベル化学賞に先駆けて

‐東レ基礎研究所、辻二郎さん、故・森川正信君‐

武山高之

2010.11.11記)

 

2010年度のノーベル化学賞はクロスカップリング反応で、鈴木章さんと根岸英一さんの二人の日本人教授が受賞し、真に目出たいことである。

ところが、私が勤めていた東レでは、「その目出度さも中ぐらい」との感じがある。

1960年代に東レ基礎研でなされた辻二郎さん(東京工大に出られる前)の仕事がノーベル賞から外れたからである。山本經二さんの投稿にあるように、今回の化学賞は、

有機合成におけるパラジウム触媒クロスカップリング反応

に対してであるが、「有機化学反応におけるパラジウム触媒」は辻二郎さんが1960年代に東レ基礎研で行った仕事が世界で最初だったことを皆がよく覚えていた。

今回のノーベル賞については、

「日本のお家芸が、二人の教授をノーベル賞を導いた」

という新聞報道も見られるが、その端緒をなすものが辻二郎さんらの研究であった。  

東レ基礎研からノーベル賞が出たとなると我々の喜びは一層大きなものになったであろう。

 

私の手元に、東レ株式会社基礎研究所編『基礎研三十年』という本がある。その最後に、基礎研の社長賞受賞者一覧がある。

その最初にあるのが、

 

辻二郎・森川正信・木地実夫「カルボニル化反応の研究」(昭和39年)

 

である。これが「有機合成におけるパラジウム触媒」の最初らしい。ここに我らが学友の故・森川正信君の名前が出てくる。

このことは、

 

有機合成化学協会編『化学者たちの感動の瞬間‐興奮に満ちた51の発見物語‐』

 

に辻二郎さんが「パラジウムの有機化学事始め」としても書かれているので、引用して紹介したい。

その中で、辻二郎さんは、

「これらの成果は故・森川正信、木地実夫、高橋秀直の各氏との共同研究によるものである。その創意工夫に感謝する。」

と書かれており、森川君の名が連なる英語論文2報も引用されている。

20031113日の森川正信君の葬儀の時、私は弔辞に、「この辻さんの元での森川君の業績について」について触れたことを覚えている。生前、森川正信君は常々「辻さんの仕事はノーベル賞級だ」と言って、辻二郎さんのノーベル賞受賞を待ち望んでいた。

 

当時の東レ基礎研究所・辻研究室について、前掲の『基礎研三十年』に次の文があるので併せて紹介したい。

筆者は私と同期入社のH君である。

 

―― 当時の基礎研の中で最も活気に満ちた辻研究室にあって、新しい有機パラジウムの化学が次々と展開するのを目のあたりにし、また自分でもいくつかの新反応を見出して、研究の面白さの虜になり、ついに自分は研究者に向いていると信じるに至りました。――

 

 当時の東レ基礎研はノーベル賞級の成果を出していた研究所だったのである。何故であろうか?

 

 やはり第一に挙げられるのは、我々の上には田代茂樹という偉大な経営者がいて、大いに利益を上げていたことである。

 その利益は幾つかの研究所建設に当てられた。その一つの基礎研究所の設立は1962年(昭和37年)であった。

初代所長に招聘されたのは東京工業大学名誉教授の星野敏雄先生であった。星野敏雄先生は1968年(昭和43年)まで所長を勤められた。この所長の下に基礎研究所は活気付いていた。基礎研究所の研究は我々が所属していた応用の研究所とは違って、短期的利益は問われなかった。初代星野所長の時代はそんな時であり、辻二郎さんの成果もこの間になされた。

 

 その後、基礎研究所の体制も次第に変わり、私が東京本店の研究部門スタッフになった1973年(昭和48年)頃になると、私の仕事は基礎研の成果を如何に事業に結びつけるかということになっていた。