200.22

西 村 三千男 記

連載「余談・ドイツ化学史の旅」

 

第1回 「ドイツ化学史の旅・パート3」の発端

 

メンバーの多くが、内心うすうす「ドイツ化学史の旅」は「パート3」で完結すると感じ

ていた。それを口に出して語り始めたのは2008.7.4であった。藤牧さんと西村とで

日仏会館の帰路、恵比寿ガーデンプレイスでビールを飲みながら「パート3」の時期や構想

について放談した。翌日、その放談内容を皆さんにメールでお伝えした。そのメールに、中

村さんが早速反応されて、萌芽状態の旅・パート3に参加の意思表示をされ、メールの全文

を「Fw:化学史の旅パート3を考える」としてアイソマーズ通信2008年号に掲載して

下さった。他に武山さん、伊藤さん、武山文子さんからも次々と賛同のメールが届いた。ア

イソマーズ通信に掲載されているのは、西村の最初のメールだけである。手許に残っている

皆さんからの賛同のメールを読み返すと、誰もがその7月のメールで書かれたことが今回そ

のまま実現していて言行一致している。今回の旅の締めくくりの解団パーティ、2010.

6.11、ミュンヘンHBハウスで、武山さんがドイツの近代科学を支えた大学と官僚の歴

史的背景について深い内容の熱弁をふるわれたが、その基となる勉強を始めるぞと具体的な

書名を挙げてこの時のメールで予告されていた。

 

その後暫く構想は沈静化していたが、2009.2.5に国立新美術館で武山文子さんの

等迦会出展作品を鑑賞した後のドイツビアレストラン「バーンズバー」で、更に2009.

6.22に千葉市「きぼーる」内の画廊で開催された武山文子さんの油絵個展を鑑賞した後

のレストラン「馬酔木」で議論が続き、話はスェーデン、フライブルク、カールスルーエ、

コペンハーゲン、イタリア等々と拡散していった。

 

 伊藤さんが鶴田禎二先生を囲む集まりで「ドイツ化学史の旅」をプレゼンされたことがキ

ッカケとなって、鶴田先生が我々旅の仲間を化学史学会副会長・古川安先生(日大教授)に

紹介して下さった(2009.12.21@新横浜プリンスH)ことから、後期高齢者目前

の化学史学会入会の運びとなった。それ以降、旅・パート3の計画は急速に具体化へと煮詰

まっていった。

 

(以下次回)