200.30

西 村 三千男 記

連載「余談・ドイツ化学史の旅」

 

第8回 コンシェルジュ

 

フランスにコンシェルジュという伝統的な職能がある。アメリカ式ホテルにおけるベル・

キャップテンとインフォメーション・デスクとを兼ねている。以前は、ヨーロッパ、殊にフ

ランスのホテルに特有のスタイルであったが、今日ではヨーロッパ以外にも、またホテル以

外にも、類似の職能が広まっている。中には、名前だけ真似た、如何わしいまがい物もある。

職能の名称が一般化するにつれて、本来の使命が劣化している様にも思える。

 

ホテル・イエナ(Hotel dIENA

花のパリのシャンゼリゼ通りの一つおいて隣り、イエナ通り(Avenue dIena)にそのホテ

ルは存在した。あまり大きくはないけれど、19世紀の遺物のような荘厳な佇まいの格調高

いホテルであった。使い勝手が極度に悪く、狭い部屋でも部屋代が割高であった。このホテ

ルはあまりにも非効率である故に、とっくの昔に消滅しただろう。何故か、私がヨーロッパ

に駐在した頃、勤務先の電気化学では社長でも誰でも、パリではこのホテルに投宿するのが

慣例になっていた。さて、ホテルの紹介ではない。このホテルに、コンシェルジュのグザビ

エール(Xier)氏が勤務していた。フランスに詳しい三井物産パリ支店のMM氏の説明に依

れば、グザビエール氏は、パリのホテル業界でも有能で知られた名物コンシェルジュとのこ

とであった。彼は、東洋からの若い田舎者の私の顔と名前を一度で覚えた。私がフランス語

を話せないこと、英語もタドタドしいこと、パリの地理を殆ど知らないことなどを承知の上

で、私の大小のリクエストに対応してくれた。日常的には、フライトのリコンファームや鉄

道乗車券の手配などを頼んだ。また、◯◯◯の話題とか、△△△へのアクセスなどを質問す

ると実に要領よく説明してくれた。或るとき「明後日のムーランルージュのチケット3枚」

と頼んだら、即座に「ムッシュ西村、ムーランルージュもいいけれど、Lidoの方がエレガン

トだよ」と教えてくれたこともあった。

私のコンシェルジュの原体験はこんなところにあった。

 

 昨今のコンシェルジュ

 今回の旅で宿泊したホテルには、フランスのように明確に区分されたコンシェルジュを置

いていなかった。フロントデスクのスタッフがその職能を兼務しているケースと、フロント

デスクの中に主としてコンシェルジュの役割を分担するスタッフを置いているケースとがあ

った。唯一、コペンハーゲンのSASロイヤルホテルではインフォメーションデスクが独立

していた。共通して云えることは、今やホテルのコンシェルジュ機能、インフォメーション

機能はインターネットにどっぷり依存しているということ。その街を隅々まで熟知したスタ

ッフが対応するのではなく、ネット検索スキルを持った若いスタッフがインターネットで調

べてくれるのである。悪い方の実例を列挙する。

実例その1.前回のケルンのホテル。ボンへのアクセスのQ&A。

実例その2.ミュンヘンのホテル。知人カールさんのレストランへのアクセスを聞いた。素

早くネット検索して、「U6ラインのPoccistr.駅で降車するが、その先が判ら

ないからタクシーでどうぞ」

実例その3.コペンハーゲンのホテル。

「このレストランはアドレスからみてホテルの直ぐ傍だと思うけど、道順は?」

ネット検索して「そこのコーナーを曲がった所に在る筈です」

 

コンシェルジュという名の拡散

伊勢丹デパートがコンシェルジュを置いて話題になって久しい。家電量販店ヨドバシカメ

ラもコンシェルジュを置いた。本稿を書くに当たって、コンシェルジュをネット検索したら

出て来る、出て来る、世は挙ってコンシェルジュ時代である。

名前の拡散と共に、本来の職能は劣化してきている・・・と思う。

 

(以下次回)