200.

西 村 三千男 記

連載「余談・ドイツ化学史の旅」

 

第22回 ノルドパルクの日本庭園35周年

 

 デュッセルドルフ空港とシティセンターのほぼ中間に「ノルドパルク(北公園)」と

いう公園がある。水族館を併設している。近年、K―メッセでお馴染みとなったデュッ

セルドルフ・メッセゲレンデに隣接している。シティセンターから北方向へ外れている

ので、簡便なシティマップには載っていないが、市民にとって大切な財である。

 

旅の始めの6月5日、旧友ドイツ人L氏とのアポイントが変更になり、たまたま時間

の余裕が出来たので、久し振りに家内とノルドパルクを散策した。40余年前の駐在員

時代には、晴れた休日には幼なかった長男を連れてこの公園によく来た。当時、広い園

内は手入れがよくて、花壇には花いっぱいで、美しいドイツを堪能していた。今回も、

時は6月、6月は花の盛り、園内の花壇に百花が咲き競っているかと期待し、往時を想

い出しながらノルドパルクを訪れた。豈図らんや、この日のノルドパルクは手入れが不

十分で、花壇は草ぼうぼうに荒れていた。人影も疎らで、自転車やジョギングなどのト

レーニングする若者が少しだけ。子供の姿やベビーカーは水族館付近にはチラホラいた

が、広い園内では見かけなかった。花いっぱいが好きなあのドイツ人達はどうしたのだ

ろうか・・・といぶかった。

 

このノルドパルク内には、1970年代なかば、在デュッセルドルフ日本企業の有志

連合が寄贈した本格的な日本庭園がある。今年は開園35周年にあたるそうである。旅

から帰国してネット検索すると、「去る6月15日、開園35周年記念行事が盛大に挙

行されたこと」が、花いっぱいのノルドパルクの映像と共に報じられている。私たちが

訪ねた6月5日から僅か10日間の信じがたい程の急変貌に驚くばかりである。

 

補足

日本庭園寄贈を発案したのは当時の日本国総領事、それに呼応して新日鐵、東銀、総

合商社などの代表者からなる開設委員会が出来た。その頃、あまりにも急速に経済発展

する日本への風当たり対策を先取りし、地域社会との協調を配慮したものであった。地

鎮祭は1974年5月。

この後、1980年代に日本経済は絶頂期を迎える。それを予告するかの如く、アメ

リカ人社会学者・ヴォーゲル氏の著書「ジャパンアズナンバーワン」が出版されたのは

1979年であった。急成長する日本経済への風当たりは、ヨーロッパではそれほどで

もなかったが、米国が急先鋒であった。USTR代表・ヒルズ女史の意図的で、執拗な

日本叩きを、今でも嫌悪感と共に鮮明に思い出す。

 

(以下次回)