200.10

西 村 三千男 記

連載「余談・ドイツ化学史の旅」

 

第29回 シーボルトの墓碑(強哉矯)

 

前回(第28回)述べたように、ミュンヘン旧南墓地には数多の著名人と共にシーボル

トの墓碑がある。異なるカメラアングルの写真を数枚ご覧に入れよう。

l         伊藤さん撮影の写真 (06410241.JPG

 

l         木下さん撮影の写真 (IMG_3404.JPG)

 

l         武山さん撮影の写真 (1006100272.JPG)

 

l         中村さん撮影の写真 (IMG_1600.jpg)

 

l         前回紹介したウエブサイトに掲載されている写真の末尾2枚

 (http://isar-athen.de/sanpo301.html)

l         同じウエブサイト「イザール河畔のアテネ」別ページ掲載の「やまねこ」氏の写真

(http://yamaneko.de/nikki/nikki226.html)

 

強哉矯(強なるかな矯たり)

シーボルトの墓碑にはドイツ語で「Erforscher Japans (日本研究者)」と表記し、その

下には、漢字で「強哉矯(強なるかな矯たり)」と縦書きされている。「強哉矯」はネッ

ト検索で四書の中庸に拠ると容易に知れる。安岡正篤先生の解釈も出ているが、シーボル

トとの関連が判らない。誰かのブログに「強哉矯でシーボルトと読むのは無理だろうな。

きっとシーボルトのお好きな言葉だったのか・・・」と書いてあった。

 

(以下次回)