200.1022

西 村 三千男 記

連載「余談・ドイツ化学史の旅」

 

第32回 ドイツの流儀(Langsam, aber sicher

 

ミュンヘン旧国際空港は伊丹空港のような騒音公害問題を、そして新空港誕生には成

田空港のような住民の反対運動を抱えていた。

  

旧空港 (旧ミュンヘン・リエム空港)

 ミュンヘン新国際空港が開港した1992年以前の旧空港は、市街の東部、現在のメ

ッセゲレンデのあるリーム地区に位置していたらしい。実は、私は旧空港とは馴染みが

薄かった。何故なら、往時の駐在員時代、ドイツ国内旅行では出張でも私用でも空路を

往くのは例外的であった。大抵はアウトバーンを車で往来した。後年、長男の結婚式の

ドイツ旅行などでもミュンヘンを訪問する機会は度々あったが、その場合も大抵は車か

鉄路で移動していた。

さて、旧空港は市街に近く、騒音公害などの問題を抱えていたという。1972年の

ミュンヘン・オリンピックの頃、この空港を拡張するか、新立地に新空港を造成するか

議論されていたそうである。ご存知のように、ドイツは「徹底した合理主義の国」であ

ると同時に「成熟した民主主義」の国である。基本方針を策定する初期段階から地元の

民意を尊重する姿勢をとった。

 

新空港計画の遅延

当時、日本の「新東京国際空港(成田)」計画の大混乱と当局の不手際が世界に喧伝

されていた。ミュンヘン空港計画の当事者たちはそれを反面教師にしたのである。新空

港は1974年に計画発表された。長期の公聴会を経て1980年に着工したが、反対

派住民の訴訟で裁判となって、4年間工事を中断した。当初計画に拘ることなく、民意

に沿って空港の規模を縮小し、世界で最も進んだ環境配慮〜環境調和型の空港を目指し

た。1992年に竣工、開港した。「Airport of The Year 2006」に選ばれるなど、快

適性がヨーロッパで一番と好評である。

現在、既設2本の滑走路をもう1本増設する計画があるが、ここでもまた住民の反対

運動に遭っている。

 

旧空港の跡地再開発

1992年に新空港の開港に伴って旧空港は廃港。跡地は住宅、公園、メッセ会場等

に再開発することで、ミュンヘン市のその後の発展に活用されている。同様に、深刻な

騒音問題を抱えていた伊丹空港の場合はどうか。騒音公害の抜本的対策として、巨費を

投じて関西空港を建設した。関空開港後の伊丹空港のその後の有様はどうか。

私の住む大田区には羽田空港がある。羽田空港は第4本目のD滑走路が完成し、昨日

(2010.10.21)本格的に国際定期便の発着する空港として供用開始した。地

もとには、当然のことながら拡大路線に対して賛否両論がある。住民活動グループの中

にミュンヘン空港ウォッチャーを自認する有識者がいて情報発信している。これに対抗

して、大田区役所と区議会も、地域と空港との共存共栄についてミュンヘンへ調査団を

派遣した(2007年)。

      

(以下次回)