ケクレ

 

ケクレ、Friedrich August Kekulé von Stradonitz (略してAugust Kekulé)、は彼の時代のヨーロッパにおける最も著名な化学者の一人である。Kekuléにフランス式のアクセント記号があるのは、ナポレオン占領下に彼の父がつけた。後年ケクレ自身はAugust Kekule von Stradonitzという名を用いた。

 

彼はダームシュタットで官吏の息子として生まれ、ギィーセン大学の建築科に入学したが(1847)、リィービッヒの講議をを聞いてから化学に転向。卒業後パリ、スイスのシュール、ロンドンに留学した(1851-1855)。

 

1857年にハイデルブルグ大学でPrivatdozen(正教授となる資格)をとり、翌年ギーセン大学の教授、1867年にボン大学に招聘され一生この大学にとどまった。

 

ケクレの偉大な貢献の一つは分子中の原子の親近性の単位(現在はバレンス)という概念を始めて導入したことであった。これによって、机上で分子の化学構造を組み立てることが可能となった。

 

しかしケクレの最大の貢献は1865年ベンゼンの構造を明らかにしたことであった。同時に、一個の水素が置換された誘導物(C6H5X, ここで X = Cl, OH, CH3, NH2, など)の構造、さらに二個の水素が置換された誘導物(C6HXX, ここで X = Cl, OH, CH3, NH2, など)の構造を、C6H5Xのアイソマーは一個しかないが、C6HXXのアイソマーは3あることから明らかにした。C6H5Xのアイソマーは一個しかないということは、ベンゼンの6個の炭素はすべて同一であるというという観察が大きな手がかりとなった。ベンゼン構造の発見は、その後の有機化学の発展を応用開発にかかせない重要なてがかりとなった。

 

後に(1890)ケクレは、彼のベンゼン構造発見の25周年を祝う記念講演で、白昼夢で蛇が自分の尻尾をくわえて円形になったのを見て、ベンゼンの形を思いついたと語った。1896年死去。

 

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