2010.2.7

西 村 三千男

 

「奇跡のりんご」を巡る話題〜その6

 

「野菜の新規栽培法」、O氏の場合

 

 無肥料の話ではないが、前回まで述べてきたのと同じ理由から根が逞しくなる特

殊な事例を紹介しよう。但し、木村さんの自然栽培とはまるで正反対の話である。

 

イオン交換膜を野菜栽培に活用しようと試みた会社があった。アメリカのD社、

世界のリーディング化学企業である。そのコンセプトを単純化して説明すると、水

耕栽培において野菜の根と培養水槽の間をイオン交換膜で遮断する。イオン交換膜

の機能で水槽から根へ移動するイオン性の肥効成分を選択的に制御しようという狙

いであった。しかし、D社はこの研究テーマを早々と断念した。理由は、圃場でイ

オン交換膜の耐候性が乏しかったこと及びキーマンの退社であったらしい。

 

一方で、筆者の親しい友人O氏はD社よりもずっと早く、D社と類似のアイデァ

を発想していた。但し、O氏のコンセプトは水耕栽培ではなく、土耕栽培(注1)

であった。また、イオン交換膜ではなく、親水性プラスチックフィルムであった。

目的は病原菌や病原ウィールスの遮断。対象も、最初は野菜ではなく、家庭園芸用

の花卉栽培であった。言わば趣味の世界。自宅の庭の花壇で実験を進め、或る程度

有望な結果が得られた段階で日本特許を出願した。その特許にD社が気付いて、巨

大企業のD社が、個人で研究しているO氏に共同研究を持ちかけてきた。

 

驚いたO氏は、折角の有望な研究テーマの若芽をスクスクと育てるために、その

若芽を、義弟の経営する医療バイオベンチャーM社の開発テーマに仕立てる一方、

出身母校の早稲田大学理工学部のインキュベーターの仕組みに乗せることで、研究

開発を加速した。D社との機密保持契約のために研究成果は学会やマスコミには発

表せずに、密かに特許だけ申請していた。D社が上述のプロジェクトから撤退した

のを機に、O氏は対象を花卉園芸から野菜栽培へ拡大した。数年に亘る試行錯誤を

経て、この栽培法はトマトとイチゴで実用化された。

 

 親水性のプラスチックフィルムで根と培土とを隔てることで、野菜の根は水と肥

料を求めてフィルムの上にギッシリと蔓延(はびこ)る。無肥料ではないが、水も

肥料も補給が乏しいので、味の濃いトマトやイチゴが育つことが確認された。病原

菌や病原ウィールスも遮断されるので無農薬が成立する。静岡県、愛知県、神奈川

県、千葉県等の先進的な農家がこの農法に挑戦し、高品位の作物を高値で出荷する

ことで営農に成功した。また、畑の塩害に悩む沖縄県では、この農法が塩害対策に

適用出来るかと県当局が取り組んでいる。

 

この栽培法は新規性、進歩性が充分に認められるとして、M社では世界中に特許

申請を進めている。発明者のO氏は、現在はM社の顧問という立場で、横浜市近郊

の農家からビニールハウスを2棟借りて、栽培法のキー材料であるフィルムの最適

化や栽培法そのものの最適化に取り組んでいる。

 

注:

1)水耕栽培の水槽の代わりに培土を置く。水耕栽培よりも低コストと云われる。

 

(その6 おわり)