秋の京都旅行

武山高之(2010.10.5記)

 

923日、24日、大津の友人に誘われて家内と二人で、嵯峨野大覚寺の観月会に出かけました。折角の機会なので、京都のあちこちを見物してまわりました。

 

霊山博物館、霊山墓地、高台寺

23日昼頃、新幹線で京都駅着。インフォーメーションで、東山の霊山博物館で『大龍馬展』をやっているのを見付け、早速出かけました。『龍馬伝』ブームは高知、長崎だけでなく、京都にも及んでいました。

ここの展示の特徴は、多くの歴史書では不明な点が多いとされている河原町近江屋での坂本龍馬と中岡慎太郎の最後の様子が断定的に展示されていることです。学芸員の考えに従っているそうです。

 博物館の裏山には幕末に命を落とした志士たちの墓地があります。龍馬と慎太郎の墓にはたくさんの人が詣でていました。私たちも二人の墓参りをして後、二寧坂の店で京都の懐かしいニシン蕎麦を味わいました。その後は、高台寺に向かい「北の政所」を祀っている庵に参ってきました。秀吉も龍馬も手紙の達人だったことに感心しながら。 

 

嵯峨野散策と大覚寺観月会

 その夜の宿は嵯峨野に取りました。宿から十人の仲間たちと一緒に、広沢の池を通り、田んぼの中を大覚寺に向かいました。途中の畦ではヒガンバナはまだつぼみでした。暑さのために開花が大幅に遅れていました。

 大覚寺では、普段見られない美術品や建物が観覧できました。本堂では、嵯峨芸術大の学生さんの琴とヴァイオリンの演奏が楽しめました。

 夕闇が迫る頃、大澤の池には風流な船が浮かべられ、観月の宴が始まりました。ただ、残念なことに、当日は厚い雲に覆われ、月は雲間からちらりと見えただけでした。

 暑さのため、中秋の名月に無くてはならないススキの開花も遅れていました。

 

梨木神社

 翌日は、京都御苑の東隣にあるハギの名所として知られている梨の木神社(祭神は三条実美)に行きましたが、ハギも暑さのため開花は遅れていました。

今年はヒガンバナもハギもススキも遅れていますが、モミジはどうなるでしょうか。

 

「いのだコーヒー」

「いのだコーヒー」は京都で有名な珈琲店。知っている人も多いと思いますが、四条の大丸近くに四条店が出来ていたので寄りました。70周年記念をしていましたが、お客さんは私たちより年上のお年寄りばかり。コーヒーを飲むなら「いのだ」と頑なに思っている年寄りが多いのでしょう。

ちなみに、「いのだコーヒー」は山本富士子主演の『夜の川』に出てきました。

    

錦市場

 錦市場の店の作りは昔と変わっていますが、売っている物は変わっていません。京都ならではの懐かしい味をたくさん買い込んで来ました。

昔と変わったことは外人客が見られることです。外人客が来ると、店員は英語の説明書を出して説明をしていました。ただ、買う人はあまりいないそうですが。

 それでも、西洋人の若者が「美味しい」と言って、つまみ食いをしていました。

 

裏寺町、新京極、寺町

 四条河原町交差点の北西の角を路地に入ると、昔懐かしい裏寺町です。ここは昔と変わりました。たくさん並んでいた居酒屋は「静」だけを残して無くなりました。一杯飲んだ後で寄っていた「花房珈琲店」も無くなりました。

 新京極通りも変わりました。外人観光客が溢れています。店の説明書きも英語・ハングル・中国語となっています。

 寺町で昔通りなのが、三条の角にあるスキヤキ屋「三嶋亭」だけです。店の人に聞くと、お客さんは中国人が多くなったそうです。

「三嶋亭」の向いには、伊勢屋という刃物屋とその隣が山本富士子さんの実家の旅館があった所ですが、いまはブティックになっています。

 

木屋町と河原町

 三条通を東に河原町を越えて少し進むと、幕末に多くの志士たちが新撰組に襲われ命を落とした池田屋の跡があります。『龍馬伝』の影響か、真新しい説明板があり、観光客が立ち止まって見ていました。

 三条小橋から高瀬川を少し下ると、熊本名物「からしれんこん」が食べられる「れんこんや」が昔の姿のまま残っていました。私がこの店に始めて行ったのは、高校の先輩だったマルクス主義歴史学者の井上清先生にご馳走になった時でした。

 高瀬川を下って、蛸薬師辺りに来ると、土佐藩邸跡があります。ここにも真新しい説明板が出ていました。

 路地を抜けて、河原町を西側に渡り、少し下がると、坂本龍馬と中岡慎太郎が命を落とした近江屋跡がありました。

 

 志士たちの幕末の活動とわが青春時代に思いを馳せた一日でした。