201121

西 村 三千男 記

 

「旅の雑記帳・オランダ」 

 

第25話 オランダ人の対日感情〜その2

 

筆者はオランダ人の友人を多く持っている。ビジネスフレンドはAKZO社関

係者が多い。勝手な思い込みと云われるかも知れないけれど、その誰もが最良の

対日感情を抱いている・・・と思う。その中でも特筆大書したいのはファン・デア

・ワールスによく似た名前の名物社長v.d.W氏である。再度俎上に。

 

W氏は第4話、第19話でも繰り返し紹介したAZC(Akzo Zout Chemie b.v.

= Akzo Salt Chemicals)の往時の社長であった。社内ではMr.Japanと

呼ばれる位、日本ひいき、日本好き、日本通であった。日本社会の様々な作法を

賞賛されるのを幾度も聞いた。例えば、ホテルや料亭での接客態度、デパートの

売り子の商品包装の手際などを「a kind of art」であると褒めた。製塩会社の

社長でもあったが、大相撲の仕切と塩、料亭玄関の盛り塩についても、日本文化

としての「その意味あい」を讃えた。

 

W社長は日本企業とのJV会社を幾つも設立し、度々来日された。そのうちの

一つが電化とのJVでMCAを製造販売するD社であり、西村が創業当初から深

く関わった。W社長は西村の仕事を格別に信頼して下さり、食事に招待される等

の接点も多かった。

 

 W社長の後継のdEs社長は名前の前に男爵位が付いていたが、気さくに交流

出来た。私が電気化学社・青海工場在任中(1987.9.16)に、当時の駐

日オランダ大使を新潟の片田舎のMCAプラントへ案内された。

 

      

 

 前列中央が駐日オランダ大使(当時)P. Meyjes 氏、

その右は一等書記官 D. Bauduin 氏、左が dEs 社長、 後列中央が筆者

 

 AKZOジャパンでは毎年初に、日本とのJV会社の親企業の関係者を広く招

いて、都内のホテルで新年会を開催していた。その会に駐日オランダ大使が出席

されて、日蘭友好の挨拶をされるのが恒例となっていた。西村の現役最終盤の年

2000年は日蘭修好400年記念でもあって、記念出版物の冊子がその新年会

の引き出物となった。

 

 話が約10年遡るが、1978年某月某日前任のW社長から夕食に招かれた。

そのテーブルで英語の小説「Shōgun(ジェームズ・クラベルの小説、後に邦訳

された「将軍」SHOGUN)を読むように推薦された。この話題は次回第26話で。

 

                              (つづく)