201110

西 村 三千男 記

 

「旅の雑記帳・オランダ」 

 

第9話 ホテルオークラ・アムステルダム

 

アイソマーズ諸兄姉にはお馴染みかも知れないが、ホテルオークラ・アムステルダ

ムを紹介しよう。このホテルはオークラの海外展開の嚆矢であった。開業が1971

年と云うから、私がデュッセルドルフ駐在員として頻繁にアムステルダムを訪問して

いた頃には無かった。このホテルに初めて宿泊したのは1974年、第7話に述べた

電化クロロプレンのヨーロッパ計画立地の現地調査に訪れた時であった。

 

 当時、ホテル開業から未だ日も浅く館内の施設はピカピカであった。フロントには

日本人スタッフが居て、日本レストランがあってとても便利であった。会議室の設備

が充実していた。我々の現地調査団は11名編成(電化マンは団長のS専務取締役以

下10名、三井物産から名通訳1名)であった。内部打合せや外部との折衝に会議室

をよく使った。一方で、客室はオークラから連想する重厚な設備ではなく、ビジネス

ホテルの如く簡素な作りでチグハグな感想を抱いた。

 

 このホテルの場所はアムステルダムのシティセンターからずっと南へ外れている。

周囲には繁華街はなく、ポツンと孤立して閑散としている。アクセスはタクシーなら

問題ないが、バスや路面電車の利用は少々複雑である。ホテルの立地としては異例に

不便である。オークラが当地に進出する際に、アムステルダム市当局は「この地域に

は将来計画としてオペラハウスを建てて、ホテルオークラと並べる」と約束して誘致

した、そして二十数年後にオペラハウス建設が絶望となった後、市当局がオークラに

損害賠償金を支払った・・・とずっーと後になって聞いた。本稿を書くに当たって、

そのことの真偽を確かめるべくネット検索したが情報は得られなかった。

 

 出張でも、プライベート旅行でもこのホテルを利用する機会は多くはなかったが、

JV会社の取締役会等でAKZOとの公式会合をセットする場合、AKZOサイドが

電化に気を使ったのか、このホテルの会議室を使うことが多かった。

 

                              (おわり)