メビオール社の「ハイドロゲル栽培」と森有一氏

 

武山高之(2011.12.23記)

 

この「ハイロロゲル栽培」の技術は、西村さんが『ミニミニ集会』で紹介され、私が意見を追加した、高分子学会記念シンポジウムの次に示す講演1と、出発点において同根であると思う。

 

岡野光夫教授(東京女子医大)「日本発世界初の本格的再生医療普及への挑戦」

 

メビオール社を主宰する森有一・早稲田大学客員教授も岡野光夫教授も早稲田大学理工学部の出身で、二人とも医療材料の研究者であった。

ともに、出発点において、ポリ(イソプロピルアクリルアミド)系の感温性ハイドロゲルに関心を持っていた。

 

私は、岡野教授については、『ミニミニ集会』のところで詳しく述べた。参考にして頂きたい。

 

ここでは、森有一・客員教授について、話したい。

森教授は、東レ基礎研の丹沢宏さんの下で、医療材の開発をしていたので、私と懇意であった。私より6、7歳若い。そんなことで以後、森君と呼ばせて貰う。

 

彼の東レでの仕事はヘパリン徐放性の抗血栓材料であった。

この研究成果を商品化するのは、私たちの仕事であった。当時、聖アリアンナ大学におられた出月康夫先生の教えを請いながら、血液カテーテルに応用することを考えた。

当時の東レは、カテーテルの製造技術を持っていなかった。その技術開発を担当してのは、独創的で器用な機械技術者の野口君であった。

基本技術はヒューストンに作っていた小さな合弁会社の技術者から得た。バーミングハムのベンチャーからも教わった。

成果は、日本初の抗血栓性化商品として売り出したが、大当たりはしなかった。

 

その後、森君は野一色泰晴先生(岡山大。横浜市大)および繊維研と開発部の研究者・技術者と組んで、極細繊維を使った人工血管の研究開発を担当した。非常にいい物ができたが、会社方針で製品化は断念した。

 

森君はその後、テルモ、グレースと移り、経験を重ねて、ベンチャーを起こすまでに大成した。

東レ時代と違って、実用化するまでの全ての手続きを、自分自身でこなしている。

もともと技術を商品化するのに熱心で、異分野の人と交流する社交性もあった。また、テレビにも出演し、若い女性アナと楽しい対談をするタレント性も備えていた。

 

独立した後での、初期の仕事に「環境保全と高分子感温ゲルを用いた植物組織培養苗の生産システム」というのがある。このゲルは岡野光夫教授が用いているものと同じである。

 

8年ほど前に、私が世話役をしている、20名ほどの東レOB勉強会で、森君に話して貰ったことがあったが、その時は、「ランの組織培養」の話を聞いた。

ゲルの感温性を巧みに使って、ランの育成作業を楽にするものだったと記憶している。

 

さらに、研究は発展し、最近はよりポピュラーなハイドロゲルのポリ(アクリル酸ソーダ系ポリマー)を用いた「ハイドロゲル栽培」を手掛けている様子である。森君の積極性を垣間見た思いである。対象はイチゴ・トマトなどの広い範囲の園芸作物にまで、手を広げている。

 

この技術は、古くからある水耕栽培、つくば万博で巨大なトマトの木を作って話題になった水気耕栽培「ハイポニカ」や、「光触媒」を使った水耕栽培の水の殺菌と循環使用などの日本に技術と競争しながら、発展することを期待したい。

 

遠い将来、このような技術が、沙漠緑化や穀物生産性向上による食料問題対策などで地球的問題の解決に繋がるか可能性があるか否かは知らないが、そんな日がくるといいなと思っている。