バゲットの歴史              中村省一郎(3-3-2011)

 

フランスの標準ではバゲットパンは直径5~6cm、長さ60cmで、外側がシャキッと硬く、それでいて中がしっとりと柔らかい。フランスではパンのドー(dough)は法律で定義されていて、それ以外を用いたらはパンとはいえないのである。パリ中とパリから離れた地域ではバゲットの味が相当異なる。パリで食べたたった一枚の薄い生ハムをはさんだ一見非常に質素に見えた細いバゲットのサンドイッチの味が、小さなカップにいれられたコーヒーの味とともに忘れられない。

 

バゲットはルイ16世の時代にウイーンのパンから始まったという説があるが、そうだとすると、マリーアントワネットがルイ16世を結婚する時大勢の料理人をウイーンから連れてきているので、その時にフランスに持って来たと考えてよいだろう。しかし、その当時のウイーンのパンは丸いカイザーパンであったから、この説は怪しいという意見が強い。いずれにしても18世紀半ばにフランスにはバゲットに相当する長いパンはあったようだ。

 

現在のバゲットの形と味に大きな寄与をしたのはオーストリア人外科医師の息子であるの軍人アウグスト ザング(August Zangであった。彼はもともとオーストリアの軍人であったが商売にも優れた人で、パリにやってきてクロワッサン(ウイーンが起源)の店を開いた(1838年)。その店で彼は蒸気を吹き込むオブンを発明し、当時ウイーンで盛んになっていた長いパンであるpain viennois(バゲット似ている)も売っていた。

 

蒸気を吹き込むオブンで焼くと、パンは良く膨れ中が非常に柔らかになった。彼はフランスとオーストリアの政治的摩擦のため、1848年にパリを去ってウイーンに帰り別の商売を始めて大金持ちになったが、パリではその後蒸気オブンでバゲットを焼くことが当たり前となった。(現在でも、普通のオブンでバゲットを焼く時には、鉄なべをオブンに入れておいて高温にしておき、パンを焼き始める時に熱湯をなべにいれて、ジューンと蒸気をたたせ、そこで焼き始める。10分ほどしてから湯の入った鍋を取り除き、残りの時間は高温にして焼き終える。)

 

パンの歴史を考える時、イーストの歴史も切り離せない。近世まではパン作りには自然イーストを用いていた。これはサワードーといわれる酸味の強いパンでは現在も使われてはいるが、かなり気まぐれで時間もかかり能率もわるい。しかし、パン用に精製したイーストが出来る以前にもかなり近代的な方法があった。それは発酵中のビールからイーストの種を作ることであった。19世紀初期にその最も発達していたのがオーストリアのウイーンで、ザングのクロワッサン作りに使われていた。現在のパン用に精製したイーストはパスツールの細菌発見後の1879頃に開発された。

 

それから約70年たった1920年、バゲットに影響するフランス法律が出来、午前4時以前にはパン職人を働かしてはならぬことになった。フランスでは一日以上たったパンは食べない。午前4時から始めたのでは大きなパンは作れないが、バゲットは細いので発酵もパン焼きも時間が短く、朝食のために買いに来る客に間に合うというのである。この法律は、バゲットを最も有利にした。

 

英国のパンはバターとミルクを入れて作るが、オブンに蒸気は吹き込まない。一方バゲットはバターとミルクは入れず、粉、水、イースト、塩だけで作り、非常に高い温度で焼く。

 

何年も前に読んだある日本語の記事に、バゲットの切り目の数は7本に決まっていて、それ以外はバゲットといってはならない、と書いてあった。今回、そのことが気になって、バゲットに関する多数の資料を読んだが、切り目の数に関する制限や制約の情報はどこにもみつからなかった。私の住む町には二軒フランスパンの専門店がある。どちらにも行ってバゲットの切り目の数のことを尋ねてみたが、バゲットの長さと切り目の角度によってもかわり、規格や厳密な習慣などどこにもないという。どちらもフランス人がやっているので間違いないだろう。バゲットの長さも、別に規格があるわけではなく焼く人によっても変り、短いのから長きのでは2mというのもあるようだから、バゲットの切り目の数は7本と書いた日本人の頭がおかしかったのだと思うことにした。

 

日本でいつ頃誰がバゲットを始めたのかという歴史も面白い。明治維新以来在日西洋人達がバゲットを作っていたが、本格的にフランスへ留学し日本へその技術を持ち帰って本格的なバゲットを製造販売したのは、京都の新進堂の続木斉であったという(日本語ウィキペヂア、フランスパン参照)

主な参考資料

フランスパン  

http://simple.wikipedia.org/wiki/File:Morning_baguettes.jpg

http://en.wikipedia.org/wiki/Baguette

http://en.wikipedia.org/wiki/Baker's_yeast#History