ハリーポッタの難解さ

 

ハリーポッタの映画をみるとき、大まかな筋は良くわかるが、少し正確に理解しようとすると、さまざまな困難に出会う。映画だから詳細を省略しているところも多い。それに登場人物が多く、最初から見て十分理解しておかなければ、後でその人物が出てきたときに意味がよく汲み取れないことがおおい。

 

なにせ、全巻を通して300人以上の重要な登場人物があり、悪人も含めて一人一人に、親戚関係、経歴、出身にまつわる歴史、因縁などが本では詳しく書かれている。本をよんだとしても一人一人について覚えておくことは並々ならぬ努力が必要である。

 

さらに、英語理解の困難がある。映画の中では全部が英国式の発音で、下町言葉や方言もかなり使われている。英国式の発音でも、教育レベルの高い人しゃべるのはわかりやすいが、下町言葉や方言となると非常にわかり難い。

 

ついでながら、英国人の会話をアメリカ人がどのくらいわかっているかについてであるが、ぜんぜん通じないこともあるのである。たとえばある観光旅行映画のなかでの話しであるが、スコットランドのグラスゴーで、街中で地元の人の話し方を録音している場面があったが、観光案内をしていたアメリカ人は全然理解しなかったのである。もう一つの例は、私の娘の経験話である。子供のときからアメリカ育ちで、英語の読み書きには達者であるが、あるとき食事をしていた最中オーストラリアから来た大勢の学生に囲まれてしまった。そのとき、彼らの話し合っていることは何もわからなかったという。学生のとき、鹿児島と青森で無銭旅行したことがあったが、青森の鈍行列車のなか、桜島の村で地元の人の会話が全く理解できなかったのを思い出す。英語の社会でも同じことが今でもあるのだ。

 

だから、映画の中でわからない会話があるのは仕方のないこととはいえ、ハリーポッタの話の筋を理解する上では不利になるのである。

 

中村省一郎 2-10-2011