西村さん『アイソマーズミニミニ集会』に寄せて(1)

 

武山高之(2011.11.30記)

 

有益な1日でした。楽しい一杯会でした。シンポジウムの感想を2回に分けて追加します。

 

記念シンポジウムの感想

講演4.「21世紀型水処理基幹技術による水問題解決への挑戦」辺見昌弘(東レ)

 

演者の辺見氏は会社の後輩だが、面識が無かった。講演後初めて挨拶した。

講演の中にあった現在の逆浸透膜の主力製品がポリスルホン膜の上に界面重合で架橋結合のある全芳香族ポリアミド膜を作ること、その膜が世界の5億人に水を供給していること、福島原発の水対策にも使われていることを聞き、感無量であった。

実は、東レの逆浸透膜の研究は1968年(昭和43年)に、私がリーダーになった5人のグループで文献の輪講から始めたからである。その中に、入社したての現・川端総務大臣もいた。私が担当したのは2年ほどと短期間であった。

初めに作ったのは、セルローストリアセテート膜であった。独創性のあることは何も出来なかったが、研究のスタートとなった。当時の研究部門のリーダーの伊藤昌壽さんから、

「独創的なことをやれ」

とハッパを掛けられたことを覚えている。しかし、この独創的でないものが最初の製品になって販売された。そして、のちに人工腎臓の開発を担当した私は、この逆浸透膜製品の初期ユーザーにもなった。

私が逆浸透膜の研究に着手したのは、43年前も昔のことである。

 

辺見氏の講演の頭に、東レにおける最近の活動ついて、全般的な照会もあった。その中に、炭素繊維複合材が最新のボーイング787に使われていることも報告された。

炭素繊維については、前田勝之助名誉会長の「私の履歴書」にも出てきて、話題になっている。その研究着手は半世紀前の1961年(昭和36年)である。研究着手当初から宇宙航空機材料が目標に入っていたが、787のように航空機の構造材の半分を炭素繊維複合材に置き換え、プラモデルのような航空機が飛ぶようになることを想像していた人がいたであろうか?

研究推進の先頭に立った社長二人は、すでにこの世にはおられない。

衣料用繊維や合成樹脂の研究開発でこんなに時間がかかった物はない。米国を追いかけていた時代にも、花開くのにこんなに時間がかかった物は無い。むしろ、これほどの時間が経つと、光を失う物が多かった。

逆浸透膜も炭素繊維も最初の発想は米国であるが、今や日本が世界で圧倒的トップにある先端材料である。

これは単に、「日本人は、改良は上手い」という評価を超えて、集団の独創性と組織としての辛抱強さ、の結果だと思う。

担当した研究者・技術者も何代にもわたり、膨大な数になっている。一歩一歩改良を積み上げた成果でもある。また、本命の大型ビジネスに繋げるまでの中小ビジネスを上手くこなしながら、利益を維持しながら、チャンスが到来するのを待つことも大切だったと思う。

 

(以下、他の演題に続く)