西村さん『アイソマーズミニミニ集会』に寄せて(2)

 

武山高之(2011.12.11記)

 

記念シンポジウムの感想(2)

 

今回の講演は4題とも実用化しているか、実用化間近な課題が選ばれている。

また、講演4以外は長年大学で進められていた研究である。

ここでは、私の専門にしていた医工学に関係がある演題1を取り上げる。

 

演題1.「日本発世界初の本格的再生医療普及への挑戦」岡野光夫教授(東京女子医大)

 

岡野先生の独創性は高分子と医学の境界領域で成し遂げた、世界に通じる素晴しいものだと思う。山中伸弥先生のiPSの研究と相まって、再生医療分野で日本から世界に発信できる技術になるのではないだろうか。

 

この技術は、岡野先生自身が1990年に提案したポリN‐イソプロピルアクリルアミド(以下、PIPAAm)を用いた「温度応答性培養皿」を用いた「細胞シート工学」に基づいたものだろう。

この研究の発展について、次の二つの点から考察してみた。

1)     この研究がなされた女子医大とはどんな大学か?

2)     ここで用いられたPIPAAmというポリマーはどんなものか?

 

 かつて、女子医大には榊原仟教授が始められた「理論外科」という教室があった。そこからは、堀原一教授、太田和夫、桜井靖久という人工臓器や医工学の新分野の草分けとなった先生方が育った。ただ、これらの先生方の功績は、米国で提案された研究に追いつき、日本の中で発展させることであった。

岡野先生が早稲田大学の応用化学からの女子医大に移ってきた頃の研究環境はそんなものだっただろう。

岡野先生は1992年にバイオマテリアル学会の学術賞を受賞されている。

これが「細胞シート工学」に繋がる独創的な研究の出発点であっただろう。米国の技術をフォローし、発展してきた日本の医工学に、日本から発信できる大きな独創性の芽が出てきたのは、この頃だっただろう。

 

 次に、ここで用いられたPIPAAポリマーについて考える。

その出発点は、1978年に田中豊一(東大、MIT)さんが見付けたPIPAAmの「ゲルの相転移」の現象である。この発見も非常に独創的なものだった。

私たちもこの現象には、大変興味を持っていたが、なかなか適当な応用対象が見付らず、また、その分野に勢力を割く余裕もなかった。

岡野先生は、いい研究対象を選んだものだと感心していた。大学でしか出来ない基礎研究であった。日常に追われる企業では取り上げられない研究であった。

 

ところで、医療用材料、人工透析器の開発に携わった私たちも、女子医大の太田先生、桜井先生には、大変お世話になった。

女子医大の医学と東レの高分子化学を最初に結びつけたのは、堀原一先生と東レ基礎研の丹沢宏さんだった。東レの動物実験は、女子医大の動物実験室の一角を貸して頂き始まった。1973年頃のことである。

我々が最初にやったことは、独創性よりも、まずは、わが国で不足していた人工透析器を病院に供給することであった。

この辺りの事情については、内橋克人『匠の時代‐人工臓器開発「生命の海」を拓く』に詳しい。この本には、私自身も登場する。

次に手掛けたことは、当時の人工透析で問題になっていた長期透析副作用の改善であった。これもPMMAステレオコンプレックスを使った新規中空糸を使って達成した。独創性は中ぐらいであったが、内外の学会では結構話題になり、1990年にバイオマテリアル学会賞を頂いた。

独創的な世界に発信できる製品を出したいと言う気持ちは、我々、企業研究者もいつも持っていた。そんな中で、医学者と共同発想で2つの独創的な製品を開発することが出来た。ただ、その影響範囲は限定的であった。

 

これらの企業研究に較べると、岡野先生の研究は広範囲に応用の可能性があり、大きな成果が期待できるのではないだろうか。素晴しい。