2011年 洛禎OB会(その2

伊藤一男 (2011-11-11)

 

 

2)合成化学科の開設  

合成化学科は1960年に開設されたが、第1年目は講座が一つしかなかった。つまり、工業化学科第7講座(重合化学)が持ち出されて、そのまま合成化学科に籍入れしただけなので、講座の増設を伴わなかった。その後、1961年度には、有機合成化学講座(小田良平教授)が、1962年度には物理有機化学講座(吉田善一助教授)、合成無機化学講座(熊田誠教授)、有機接触化学講座(鶴田禎二教授)、遊離基合成化学講座(松浦輝男助教授)の四つの講座が新設され、6講座が完成した。  

 

以下、鶴田先生のお話は続きます。 <熊田教授は大阪市立大学から招聘された先生で、有機ケイ素化合物の研究では既に内外に著名であった。当初の講座名「合成無機化学」は、「無機関連化合物にかかわる合成化学」というコンセプトをもち、決して「無機化合物合成の化学」ではない、と創設委員側は主張したが,各方面からの理解も得られにくく、熊田先生のご意向を汲んで「有機金属化学講座」と改名。

 

松浦輝男先生も大阪市立大学から招聘されたが、これは合成化学科の教授の少なくとも一人は、本筋の純正有機化学の伝承者であって欲しいという受け入れ側の強い願望があり、真島学派の若手研究者の松浦先生が候補となった。「どのようなお人柄か、ひそかに見てきて欲しい」との命を受けた私は、或る日、松浦先生の学会講演を大阪まで聴きにいったこともある。  

 

私は「有機接触化学」担当となった。これは「触媒反応を利用する有機合成」という内容。「接触」は「触媒」とほとんど同じ意味であるが、「有機触媒化学」と呼称すると「有機触媒の化学」のように聞こえ、また「有機の触媒化学」と読んでも、「触媒化学」という学問領域には物理化学的色彩が強く定着しているので意図するコンセプトにはならない。その意味で「有機接触化学」という名称は、コンセプトの混乱を避けるため、よい選択であったと思われる。 

 

*<思いで話> C.C.Price先生の名講義  合成化学科創設時のマスタープランの一つとして国際交流の振興があり、ペンシルバニア大学からC.C.Price先生が招聘された。1962年度後期、週1回の正規の講義を6ヶ月のあいだ、学部3年生を対象に行われた。以下は鶴田先生の言。 <合成化学科以外の学生の来聴も多く、研究員、教官も多数の方々が、工学部共通大講義室に集まりC.C.Price先生の名講義を傾聴しました。私も必ず講義には出席しました。今から考えても、Price先生ほど明晰な英語を話す方は皆無で、外国人に不慣れだった当時の私どもも、ほとんど不便を感じることはありませんでした。講義のない日も学科の雑誌会や研究室ごとのセミナーに出席され、国際的第一線レベルの熱心な討論を続け、大変啓発されました。>

 

 次回は古川安先生の「喜多源逸と京都学派の形成」に対する鶴田先生のコメント