201212

西 村 三千男 記

「科学史の雑記帳・蘭学から洋学(英、仏、独)へ」

 

第13話 仏学事始め(その2、村上英俊とベルセリウス)

 

日本の「フランス語事始め」の発端はベルセリウスの化学書であった。ヴェーラーを

介して「19世紀ドイツ化学史」にもつながっている。日本の仏学の創始者、村上英俊

(18111890)栃木県大田原市(下野国佐久山)生まれの医者、蘭学者である。蘭学は宇

田川榕庵に師事したが、フランス語は全くの独学であった。実妹が信州松代藩主の側室

となった縁で松代藩の藩医(最初は松代の町医者、1844 から藩医)となった。

 

松代藩士で同い年の佐久間象山と親交を結び、佐久間の要請で藩のために火薬の研究

を始めた。先進化学を学ぶためにオランダ語の化学書を注文したが、何かの手違いでフ

ランス語の化学書が届いた。価格は大枚150両であったと記録されている。当時の村

上英俊はフランス語を一語も解さなかった。オランダ語版を再発注するのは時間も金も

かかるからと、独学でフランス語版を読解しようと決心した (1848)。藩に架蔵の蘭仏

対訳辞書(通称ハルマ)を5ヶ月かけて書き写し、16ヶ月かけてフランス語版化学書

の要部を和訳した。フランス語版化学書を読む目的を果たした後、本格的、系統的にフ

ランス語を研究し、本邦初の仏語辞書や文法書の編纂へと進んだ。まことに驚嘆すべき

熱意と才能であった。

 

上述の化学書とは.ベルセリウス著「化学提要」フランス語(ブラッセル版)であった。

原書のタイトル:J. J. Berzelius “Traite de Chemie Minerale, Vegetale, et Animale, Bruxelleis (1838)

スウェーデン語の原著は1808-18年の刊行、オランダ語訳(1834)、ドイツ語訳(1838)

フランス語訳(1829-33, パリ版)(1838-39, ブラッセル版)、他に(1841-42, ベルセリウス版)

が刊行されている。村上が手違いで入手、翻訳したのは上記のブラッセル版であった。

村上英俊(義茂)の訳書:「舎密明原」(出版元不詳、出版年は185?年)。

 

ベルセリウス(1779 -1848)はスウェーデンの偉大な化学者、当時の欧州斯界の権威者で

あった。若き日のヴェーラーが留学した先の師としても知られる。各外国語に堪能で、

留学してきた弟子たちとの日常コミュニケーションはスウェーデン語ではなく、弟子の

母国語に依ったと伝えられている。然し、上掲著書の外国語訳はベルセリウスの書き下

ろしではなく、弟子その他の翻訳者が当たった。

 

(つづく)