201223

西 村 三千男 記

「科学史の雑記帳・蘭学から洋学(英、仏、独)へ」

 

第15話 仏学事始め(その4、フランス公使ロッシュの書状)

 

「イギリスは、工業製品の市場を拡大するためには、アヘン戦争がハッキリ示しているように、他国を侵略してかえりみない。アメリカも同種族の国で、同じような傾向がある。ロシアは、南下政策をとっているので、境を接する日本は、その侵略も覚悟しなければならない。これにひきかえ、フランスは天然の資源に富み、芸術・科学もそうであるように、軍事上でも、偉大な、しかも正義を愛する国である。」

 

この「露骨な反イギリス宣伝とフランス礼賛」は幕末の第2代駐日フランス公使レオン・ロッシュから幕府の首脳部に説かれた言葉である。書状の原文ではない。下記の文献からの引用である。

小西四郎編著「日本の歴史 19 開国と攘夷」(1966、中央公論社)

p.394 「第二次長州征伐とフランスに頼る幕府」

レオン・ロシュは練達の辣腕外交官であった。日本語を話せなかったし、駐日期間は4年余と短かった彼が、幕末の日本近代化に重大な影響を及ぼした。本シリーズ第1話に述べたOM先生ご紹介の日本鐵鋼史におけるフランスのプレゼンスもレオン・ロッシュに負うところ大であった。日本の鐵鋼〜造船の源流である横須賀製鉄所(後に横須賀造船所)は幕府の付託に応えたレオン・ロッシュがフランス本国へ強力に働きかけて実現した。一介の外交官が一国の開化期の政治、経済に深く関わった希有の例として記録されている。史実に関して多数の研究があり、キーワード「フランス公使・レオン・ロッシュ」でネット検索できる。ロッシュ公使の日本着任は1864年3月、それは4国連合艦隊の下関攻撃に先立つ約4ヶ月前のことであった。対日外交をリードしていたイギリスに対抗して、フランスの独自の対日政策が、このロッシュ公使のもとで展開された。世界中の何処でも、何時の時代でも、基本的に英仏は仲が悪いのであるが、幕末の日本でも、しばしば衝突していた。

 

(つづく)