平成25615

西 村 三千男

私の心臓手術(その3:虚血性心疾患)

 

今回の発端は一過性狭心症(?)であった。初診のカルテには「虚血性心疾患の疑い」と記入されたらしい。狭心症と心筋梗塞をまとめて「虚血性心疾患」という。広辞苑で「虚血」とは「急性の局所的貧血」と定義されている。多くの場合、その発症には胸部圧迫感、左胸の痛み、左肩の痛み、冷や汗などの前触れシグナルがある。予防と治療を説く専門家は「予兆シグナルを見逃すな」と云う。今回のケースは一過性であったが、狭心症を持病とする人は日常的に(主治医の指示で)ニトロ剤を携行している。発作時にニトロ剤を舌下で溶かすと即効性があり、またニトロ剤が効けば「虚血性心疾患」であると判定できるとも云われている。一方で、自覚症状の無い「虚血性心疾患」もあるらしいから厄介だ。疑わしい場合には「ホルター心電図」を装着して、124時間心電図を記録する。1990年代に、私も数回経験済みである。その頃は測定データを磁気テープ記録するために弁当箱サイズの器具を装着したが、今日では小型のメモリーへ様変わりしている。

 

因みに、よく似た病名と発病機序の「虚血性脳疾患」がある。この「虚血性脳疾患」には、発症から一定の時間内にのみ使用できる特効薬があるので尚のこと「一過性の予兆シグナル(TIA) を見逃すな」と云われている。

 

今回の「虚血性心疾患の疑い」の前に、20075月に類似の一過性症状を経験していたことは前報に書いた。ここでは、2007年よりもっと遡って類似の体験を述べよう。記録は残していないが、記憶で整理してみる。謂わば「私の虚血性心疾患(?)ヒストリー」である。

 

1.     1988年秋の某月某日 (今を去ること四半世紀!!!)

・その頃、青海工場勤務、工場運動会の翌日の月曜日であった・・・

・前日の工場運動会終了後は・・・延々と懇親会が続き乱れた生活となっていた

・午後、工場長室で打ち合わせ中に発症:

・胸部圧迫感、・冷や汗、・左肩から斬りつけるような痛み

・工場付属病院を経由→(虚血性心疾患の疑い)→富山医科薬科大学病院へ

          (医師の判断で救急車ではなく工場の乗用車で移動)

・当日は初診、その翌日から45回通院して精密検査

(検査項目に特殊な心臓負荷シンチグラム検査も含んでいたのが印象的)

・結果は「所見無し」〜無罪放免

 

2.1993年頃の某月某日

 ・その頃、総合研究所(町田)勤務、

・胸部圧迫感から東京慈恵会医大病院で診察

・生まれて初めて「ホルター心電図」を装着し、124時間心電図を記録

・数回、通院して精密検査

・結果は「所見無し」〜無罪放免

 

3.1998年頃の某月某日

・その頃、本社(日比谷)勤務、

・東京慈恵会医大のH教授が毎月1回来社、医務室で役員の健康と医療相談

・胸部圧迫感からH教授の手配により東京慈恵会医大病院で精密検査

・この時も「ホルター心電図」を装着

 ・結果は「心臓に所見無し」〜無罪放免

 ・但し、胸部圧迫感が3040分続くのは狭心症としては長すぎる

むしろ「逆流性食道炎」を疑う・・・との所見

 

上記の 1.〜3.で毎回治療も投薬処方も無く、念のためニトロ剤を携行するように指示された。結果的に、これまで一度も服用した実績は無い

 

                             (つづく)