平成25715

平成25829日訂正

西 村 三千男

私の心臓手術(その9//最終:名医の言葉)

 

虚血性心疾患の患者数は全国で年間約80万人、そのうち急性心筋梗塞は約15万人、その死亡率が30%(4.5万人)である。それを診断、治療するのは主に循環器内科と心臓血管外科である。そのうち心臓血管外科は施設の数:約500、心臓血管外科医の数:5,000人くらいと推定される。心臓病のような重篤な病気の手術は誰でも名医に頼みたくなるから、受診希望は著名な名医の所属する病院に集中する。名医は極端に多忙となって症例数を加え、益々有名になる。当然、一方では症例数の極端に少ない病院も生まれる。

心臓血管外科医の著名な名医の話題をいくつか紹介しよう。

 

1.     天野篤医師(順天堂大学医学部心臓血管外科教授)

20122月天皇陛下のバイパス手術を執刀したことで一躍「時の人」となった。近着の月刊「文藝春秋」(20137月号)の巻頭グラビア「日本の顔」は天野篤医師。

これまでの累積手術症例数は6,000件。今は更に多忙になって、3つの手術チームを率いて、手術日には毎日24件、年に500件の手術を担当している。時間的に個人の限界を超えている。まさに超人的である。

天野:「陛下の手術を最後に、心臓外科医を辞めようか・・とも考えたが、『ご自分の前に来た人に対しては公平である』という陛下のお姿を拝見して、患者のために続けようと翻意した」

 

2.     南淵明宏医師(大崎病院・東京ハートセンター・センター長)

南淵明宏医師は知る人ぞ知る「心臓手術の名医」の元祖である。TV、新聞、雑誌などメディアを通じて頻繁に発信する先生である。

日経新聞の土曜朝刊に14ページの付録「NIKKEI プラス1」が付いてくる。そのラスト前のページ(即ちp.13)に「知求見聞」という連載コラムがある。2013.5.11から2013.6.8まで5回、南淵明宏医師の連載であった。

南淵:「年間に200件くらい手術する。手術はスポーツのように体がおぼえている。手術の場面を夢にみることもある。オフの時間にも患者さんのことが気になっている。500kmくらい離れた遠方の学会に行くとリラックスできる」

南淵:「心臓外科医で一人前に育つのは10学年にせいぜい一人くらい。手術の腕を磨くには、野球にたとえれば千本ノックを受けるしかない。一流大学で若いときにひたすら論文を書いて、学位をとってからはじめて手術に臨んで、手術が上手くなるはずはない」

南淵:「お酒も飲まないし、外食もしない。趣味といえばモノを書くこと。早朝7時に病院に着いて、仕事の前にブログを書いている」

 

3.     高梨秀一郎(榊原記念病院、心臓血管外科主任部長)

以前からメディアに度々登場しているが、20127月に超ご高齢(96)の三笠宮殿下の手術を執刀して時の人となった。

【平成25.8.29訂正】間違った記述をしていたことに気付き、謹んで訂正します。

三笠宮殿下の心臓手術を執刀したのは川副浩平医師(当時は聖路加国際病院心臓血管センター長)。手術内容は僧帽弁の修復手術。高梨医師は手術直後に、その道の権威者(僧帽弁形成手術の名医)として毎日新聞のインタビューに答えて「予想より短時間(2.5時間)で終わった」として超ご高齢手術の成功を賞賛された(2012.7.12)

 

NHKE-テレの健康番組「チョイス」にもチョイスアドバイザーとして出演(2013.6.1)。その中で次のように発言。

高梨;「内胸動脈の使用でバイパス手術は格段に進歩した。内胸動脈は動脈硬化し難いので、内胸動脈を使ったバイパス手術は狭心症・心筋梗塞を再発しない。これまでに大体30年の実績がある。これが耐久約30年と云う根拠である」

高梨;「榊原記念病院では毎年約300件のバイパス手術を行い、そのうち死亡リスクは0.50.6%である」

高梨:「医師は正しい情報を提供し、患者は正しいチョイスを!!」

高梨医師自身のホームページで:「外科医と内科医が協力してはじめて正しい治療ができる」

 

訂正

本シリーズ・その6のリハビリの項に「昔は心臓手術で開胸した場合、3ヶ月間は上膊を下げたままで安静にしていた。これでは、特に高齢者は恢復が遅れることが判ってきた。今日では手術翌日から上膊を持ち上げて運動する」と述べた。

その後、U先生に確かめたら、手術翌日から上膊を持ち上げるのは、U先生の流儀であって一般的ではない。これを学会発表しても心臓外科医の仲間が半信半疑である・・・とのことであった。

 

 

                          (おわり)