平成261010日修正

西 村 三千男

連載「余談・ドイツ化学史の旅・パート4

6回 数々の幸運(その3

 

1. ホフマンの墓碑・ドローテン市営墓地(6/16)

2. フリッツ・ハーバー研究所(FHI)の案内は大物教授(6/17)

3.アルトホ−フ(F.Althoff)胸像(6/18)

4. エミール・フィッシャー講堂(Emil-Fischer-Hoersaal) (6/18),

 

5. ロベルト・コッホ研究所(Robert Koch Institute)(6/18),

 

旅の第3日目(6/18)の午後、スケジュールを順調に消化して気分に余裕のある伊藤、武山、西村の3夫婦6人は相談の結果、ロベルト・コッホ研究所付置のミュージアムを訪ねることにした。現在位置は第1日目(6/16)午後と同じく、ロベルト・コッホ広場。大型タクシーの運転手に行き先を告げると、彼は地図を検索して目的地を指で押さえてOKと言った。

 

走り出して暫くすると、伊藤さんと武山さんが「方角が違う.南へ向かう筈なのに、車は北へ向かっている.真逆だ」と騒いだ。事前の予習が不足している西村は、研究所の方角は判らなかったが、「運転手がスタート前に地図で確認したのだから、ここは任せておこう」と黙っていた。工場地帯のようなところを通り抜けて、ロベルト・コッホ研究所?に到着した。立派なビルのファサード上部にRobert Koch Instituteの標識が見える。シリーズ第3回で紹介した原田本ではRobert Koch Instituteのロケーションはロベルト・コッホ広場からLuisenstr.を南下した場所と記載されている。Robert Koch Institute2つあるのか?

 

受付で「この研究所は最近引っ越してきたのか?」と尋ねてみたら「引っ越しはしていない.100年以上もこの場所に居る.最近の洪水被害でミュージアムを閉めたので一般見学は出来ない」との返答であった。見学出来ないので、パチリパチリと建物を撮影し、建物の前で仲間同士の記念撮影をして退散。

 

Robert Koch Instituteのロケーションの疑問は、帰国後、伊藤さんのネット調査で解明された。下記の記事が疑問に答えてくれた。

三田評論20124月「ベルリン―医学史散歩」―二つののコッホ・ミュージアム−

(http://www.keio-up.co.jp/mita/r-shiseki/s1204_2.html)

 

原田本に記載の場所の研究所は2009年頃に閉鎖された。タクシードライバーのお陰で空振りを免れたことになる。見学出来なかった「不運」と「幸運」と半々か。

 

6. デジタルカメラLost and Found(6/18)

 

  仲間の一人がデジカメを何処かに置き忘れた。Robert Koch Instituteでスナップ写真を撮ろうとして、置き忘れに気付いた。さあ、大変だ。カメラよりも、この時点までの撮影済み写真の方が貴重である。待たせていた往路のタクシーで、元の場所(ロベルト・コッホ広場)へ引き返し、更にランチの場所(北部キャンパスのMENSA)からエミール・フィッシャー講堂とフンボルト大学付属図書館・北分館へと、朝からの軌跡を逆に辿って、手分けして探した。カメラは付属図書館・分館の受付に保管されていた。「幸運」であった。

                                                (つづく)

写真1 DSCF0456 コッホ広場にあるロベルト・コッフ像