平成261129

西 村 三千男

連載「余談・ドイツ化学史の旅・パート4

22回 デュッセルドルフ直行便

 

「旅・パート4」のヨーロッパへの往路は全日空の成田→デュッセルドルフ直行便であった。旅の最初の訪問先はグループ集合前の個人旅行のデュッセルドルフであったから、直行便はまことに好都合であった。ハブ空港経由便に較べると、乗り換え待ち時間を考慮してザクッと半日4~5時間の時間短縮となる。

 

このフライトは新たに本年3月末に就航したルートである。前回触れたが、20143月末、羽田空港に増設のD滑走路が供用開始されたのに伴って、発着枠が大幅に増枠され、各航空会社が成田と羽田の発着便を再編した。全日空は東京〜フランクフルト線、東京〜ミュンヘン線を戦略的に羽田空港へ重点配分し、成田空港に生じた発着枠の余裕をデュッセルドルフ直行便に充当したと言われている。

 

デュッセルドルフ直行便はずっと以前にもあった。日本がバブル経済で絶頂期にあった多分1980年頃、日本航空が成田〜デュッセルドルフ線にジャンボジェットB747を就航させた。バブルが崩壊した1991年に撤退した。デュッセルドルフ市とその近郊を合わせるとドイツ国内で最も日本人ビジネスマンとその家族が多く在留している地域である。小生が駐在員であった約50年前もそうであった。バブル経済の前も、最中も、崩壊後もそうであった。航空会社にとってドル箱となるビジネスクラスの潜在旅客数が多いのであろう。条件さえ整えれば直行便は採算が合う筈である。2012年にはルフトハンザが、直行便を同年6月から就航させるとして、便名、タイムテーブル、使用機材まで予告しながら、直前になって延期した経緯もあった。この結末は、結局、全日空の現在の直行便とコードシェアー便になった。

 

 直行便の有無は旅行計画に大きく関係する。実は今次の「旅・パート4」を結団したベルリンも、日本からの直行便は飛んでいない。建設中のブランデンブルグ空港の工事が大幅に遅れで開港が延期されている。それが完成するまでは直行便が無い。今回の仲間の何組かは乗り継ぎ便で時間をロスしたのである。

 

                                    (つづく)