2014. 2. 4

西 村 三千男 記

「科学史の雑記帳・蘭学から洋学(英、仏、独)へ」

 

26 話 ドイツ学事始め(その7 リヒトホーフェン日本滞在記 A 原著者の紹介)

 

原著者Ferdinand von Richthofen 男爵(1833.5.5-1905.10.6)の出自は訳本には明記されていない。最終学歴と学位取得はベルリン大学となっている。

1860年、幕末のプロイセン通商使節団のメンバーに地理・地質学者として加わって来日した。団長で特命全権公使はツー・オイレンブルク伯(F.A. zu Eulenburg、後のビスマルク内閣内相)であった。それから明治になってからであるが、ちょうど10年後の1870-71年に、再度来日し、日本各地殊に九州地方を科学者の目で調査しながら旅行している。

二度の訪日の間は、中国調査、ゴールドラッシュに沸く米国カリフォルニアの調査に明け暮れた。二度目の訪日以降は1873年にベルリン地理学協会会長に就任、ボン大学、ライプチッヒ大学に地理学科を創設、最晩年はベルリン大学の地理学教授であった。ドイツにおける近代地理学の礎を固めた学者である。

訳本には、リヒトホーフェン門弟の海洋学者・シュタールベルク(Walter Stahlberg, 1863-1951)と地理学者・ティーセン(Ernst Georg Tiessen, 1871-1949)がリヒトホーフェン自身の日記から構成した序文も付いている。

その中で、彼が(滞在)日記を書く際の心構えを述べ、この滞在日記が将来公開されるであろうことを予想している。

                       (つづく)