次回の化学史の旅は英国      伊藤 一男           8-30-2014

 

皆さん
 
先のミュンヘン・ホフブロイハウスにおける「ドイツ化学史の旅」解散 
式の際、私が「次はロンドン」と口走った途端、早くも議論が沸騰・発 
散しそうなので、西村さんに背中を押され、以下にその背景などについ 
て述べさせていただきます。
 
1)なぜロンドンか?ーーーリービッヒ学派の影響が色濃く反映されて 
いる
*リービッヒが英国の要請に応えて農芸化学、環境問題のためにしばし 
ば渡英している。
*直弟子のホフマンを20年間の永きに亘ってロイヤル・カレッ 
ジ・オブ・ケミストリーに派遣した。
*リービッヒの弟子の一人にロンドン大学のウィリアムソンがいる。彼 
は日本の近代化学発展にも多大なる貢献を為した。
(長州、薩摩からの密航留学生の世話、明治初期に桜井錠二を指導、弟 
子を日本に派遣)
 
2)なぜグラスゴーか?ーーー産業革命発祥の地で、明治時代に多くの 
日本人科学者が留学している
*長州からの密航留学生のひとり・山尾庸三がこの地で産業技術を学ん 
だ。昼は造船所で働き、夜はアンダーソンズ・カレッジに学び、グラス 
ゴー大学との人脈を形成した。
(彼は帰国後工部大学校(のちの東大工学部)設立に尽力)
 
3)訪問先候補
<ロンドン>
*ロンドン大学(薩長留学生の記念碑あり)
*旧ロイヤル・カレッジ・オブ・ケミストリー
*ブルックウッド墓地(ウィリアムソン墓碑、客死した薩長留学生墓碑)
<グラスゴー>
*グラスゴー大学
*旧アンダーソンズ・カレッジ
*ネピア造船所跡(山尾庸三が勤務)
 
4)その他の訪問先/観光地/時期/所要コア日数
*皆さんからのご意見をお待ちしています。特に、ロンドンに滞在し、 

精通されている藤牧さんのご意見は欠かせません。