平成27917

西 村 三千男

 

連載「余談・ドイツ化学史の旅・番外編」

 

8回 ヒースロー空港と地下鉄ピカデリー線

 

ヒースロー空港はロンドンの西方20kmに位置している。空港からシティセンターへの交通手段は今日では、地下鉄、ヒースローエクスプレス(高速電車)、コーチ(バス)、タクシーなど種々ある。今回の旅の集合日(2015.6.7)には、予め決めていて迷うことなく地下鉄を選択した。その日の予約ホテルの最寄り駅であるRussel Squareへ乗り換え無しで行けるからである。

 

空港アクセスに鉄道があると旅行客は時間と交通費を節約できる。ヒースロー空港に地下鉄ピカデリー線が乗り入れたのは1977年であった(高速電車・ヒースローエクスプレスは更にずっと遅くて1998年)。半世紀前のデュッセルドルフ駐在員の時代には、ヒースロー空港とシティセンター間の唯一の公共交通手段はタクシーであった。しかも、そのタクシー料金制度がユニークであった。固定料金でもなく、メーター制でもなく、「シティセンターへの料金は顧客と運転手の交渉で決める」というルールがパネルに大書して掲示されていた。記憶では、無造作に乗り込むとタクシー料金は£5.0程度のところ、交渉次第で£3.5か£4.0まで下がった。今日の為替レートの£5.0ではない。このタクシー料金は、当時の為替レート(注記)で「高いな」と感ずるレベルであった。

 

後年の或る時、ロンドン出張の宿泊ホテルを地下鉄ピカデリー線Knightbridge駅の直ぐそばに定めたことがあった。ピカデリー線がヒースロー空港に乗り入れたことを知って「ヒースロー空港にもレールでアクセスできる時代になったか・・・遅いな」と感想。早速この旅の帰路は地下鉄初体験を選んだ。率直な第一印象は「斯くも遅く供用開始した割りに、車両も路線も貧弱だな・・・」というものであった。

 

(つづく)

 

(注記)1965年当時は為替レートは固定相場制。  1米ドル=360円、 

1英ポンド=2.8米ドル=1,008円、

1ドイツマルク=1/4米ドル=90

   この数年後に英ポンドの切り下げ、ドイツマルクの切り上げが実施された