心臓大動脈弁置換手術・入院記録

武山高之(2015.12.14記)

 

2「大動脈弁閉鎖不全手術」、「心臓手術の進歩‐医療材開発者の視点‐」に続いて、手術実施後の経過について報告する。心臓病は高齢者にはよく見られる病気であり、参考にして頂きたい。

 

T.近年の心臓外科技術の進歩

 私の手術に関して述べる前に、最近の心臓手術について概説する。まず、よく知られた手術3件について述べる。私の受けた弁置換手術は、この中では大手術に属する。

 

1.よく知られている心臓外科手術3件

(1)ペースメーカーの挿入

不整脈治療に30年以上前から使用されている。胸部皮下にポートを埋め込む方法で、大手術ではない。国内で年間約5万件が行われ、65歳以上の高齢者の100人に1人は受けているという。30年前のポートは5センチ四方の平たいものであったが、今は2センチ四方ほどである。

 

(2)冠動脈バイパス手術とステント術

冠動脈の閉塞により起こる心筋梗塞は放置しておくと死に至る。以前は外科手術としてバイパス手術が行われていたが、15年ほど前からステント術が普及している。ステント術は経皮的冠動脈形成法(PTCA)といわれ、外科手術を必要としないので、患者に対する負担は少ない。

私の知人をみても、ステントを入れている人はたくさんおり珍しくない。医療統計によると、ステント術が普及し出した2002年頃から心臓の外科手術が減少したとのことである。これは外科手術が必要なバイパス術が減少したことを意味する。

 

(3)大動脈弁閉鎖不全など弁膜症外科手術

開胸術・開心術を伴い、数時間を要する大手術である。私の場合はこの手術である。

20年前ならば、手術を受けることを躊躇しただろう。しかし、近年急速に普及し、2000年には国内で5千件、2010年には1万件になっているという。信頼できる術者と施設を選べば、安心して受けられる手術である。

 

2.大動脈弁閉鎖不全弁置換手術は大手術だが、今や珍しい手術ではない

 詳しくは別項、「大動脈弁閉鎖不全手術」に記載した。参照願いたい。

3.かつて、医療材料開発の専門家であった私から見た最近の心臓外科の驚くべき進歩

詳しくは別項、「心臓手術の進歩‐医療材開発者の視点‐」に記載した。参照願いたい。

U.私が受けた手術の詳細

 入院施設は千葉大病院心臓血管外科で、期間は105日〜18日である。手術日は7日で、11日目に退院した。事前の検査入院は730日〜81日であった。以下に詳しく紹介する。

 

1.大動脈弁閉鎖不全を指摘されてから手術に至るまでの経緯

大動脈弁閉鎖不全が最初に見つかったのは6年前、ファミリー・ドクターの検診時であった。その後、千葉大病院で定期的に診断を受けていたが、心臓の肥大や僧帽弁への影響など少しずつ進行していたので、元気なうちに手術しておきたいと考え、80歳の今がタイミングと考え、決断した。まだ特別な症状は出ていなかったが、放置しておくと2.3年後には急性症状が現れることが心配された。

詳しくは別項、「大動脈弁閉鎖不全手術」に記載したので、参照願いたい。

 

2.検査入院

循環器内科の正司先生と西先生に受けた。主な検査は冠動脈造影と大動脈造影であった。手術の際に問題になる点がないかの確認であったと思う。結果は心臓血管外科の担当にも電送された。詳しくは別項、「大動脈弁閉鎖不全手術」に記載。参照願いたい。

 

3.セカンド・オピニオン

“イノウエバルーンカテーテル”の開発で深いお付き合いのある京都の井上寛治先生にも電話で相談してみたが、ありふれた手術であることが分かった。

ファミリー・ドクターの大久保先生には千葉大がいいと、紹介して頂いた。千葉大でははじめ循環器内科の小林先生に見て頂いた。しばらくして担当が藤本先生に代わった。両先生とも意見は同じで、近いうちに手術した方がいいとのことであった。大久保先生の意見も同じであった。手術の実施は心臓血管外科で、はじめ黄野先生の診断を受けた。執刀医は松浦先生になった。循環器内科の先生も、心臓血管外科の先生も意見は同じであった。検査データは診療科を跨って関係者に共有されていた。

セカンド・オピニオンをあえて求める必要を感じなかった。             

 

4.手術前検査と体調管理

1)手術前検査

 一般的な健康診断でなされるような検査は全てなされ、問題はなかった。ほかに胸部および頚部のCTおよびMRI検査がなされた。手術する部分の事前観察だと思う。さらに、歯科・口腔外科を受診した。かつては、口から感染し、敗血症になる症例があったという。歯科・口腔外科を併設し、手術の前には受診するのが、この病院の方針だと聞く。

2)体調管理

 私自身も体調管理に気をつけた。とくに風邪予防に注意した。過労になるような遠出外出・宴会も控えた。

 

5.手術入院

 手術予定日の2日前に入院し、体調を整え、心電図検査、歯科・口腔外科の直前検査を行い、準備を始めた。手術前日には、執刀医と麻酔医から各々事前説明があった。いわゆるインフォームドコンセントである。

 

6.インフォームドコンセント(手術前説明)106日) 

 執刀医の松浦先生から、前日に詳しい説明があり、家内と娘と一緒に聞いた。

その際に、「私は医療材開発に携わっていたので、専門用語を使っても詳しく説明して下さい。分からない時には質問しますから」と伝えたので、詳しく説明して頂いた。

 

病気名は「大動脈弁閉鎖不全症に、僧帽弁閉鎖不全症の併発」である。

処置方法はグルタールアルデヒド処理ウシ生体弁による大動脈弁置換術を主に、僧房弁輪形成術を併せ行うものであった。人工弁は生体弁と機械弁があるが、生体弁でも15年はもち、抗血栓に対する事後の管理は生体弁の方が楽だという。一般的に聴いていた情報と同じであり、生体弁をお願いした。今まで、ブタの生体弁が一般的と聞いていたが、最近はウシの優れたものがより一般的になっているということであった。余談であるが、ウシを使うか、ブタを使うかは宗教により、制限があるらしい。

手術の手順は次の通りとの説明があった。

全身麻酔(麻酔科)→胸骨(肋骨に繋がる骨)正中切開→人工心肺の取り付け→人工心肺運転開始→心筋保護液を流し、心停止→大動脈置換術、僧房弁形成術施行→切った心房壁の縫合→心臓の拍動開始→人工心肺を取り外し→正中切開した胸骨をステンレスワイヤーで固定(6カ所)→出血がないことを確認した上で胸を縫合。

予想される手術時間は、人工心肺稼働は1〜2時間、全手術時間5時間である。予想された通りの大手術である。

手術危険率は4%である。千葉大の実績はもっと少ないという。重篤患者を含んだ手術死亡率であり、私の場合は急性症状が出ていない上、まだ体力もあり、もっと安全だと思っていた。

 

合併症・副作用に関する説明は詳しくあった。この説明不足がしばしば問題になっている。

1)手術による一般的合併症としては、稀にではあるが出血、心不全、脳梗塞、肺・肝・腎などの一時的悪化、不整脈(場合によっては永久型ペースメーカーが必要になる)、感染症、心筋梗塞などがある。このうち、血栓形成による脳梗塞・心筋梗塞、感染症、不整脈について詳しく聞いた。

2)このほか、輸血、血漿分画製剤による副作用の説明が文書であった。

輸血では感染性副作用として肝炎・エイズ・細菌などかつては大きな問題になったが、現在は極めて稀であろう。免疫性副作用として、アレルギー反応・溶血性が挙げられているが、発生率は極めて少ないだろう。

分画製剤では、ショック・過敏症・嘔吐・悪寒などの副作用が挙げられている。

3)麻酔の副作用は、麻酔医から文書中心に行われた。あり得る副作用としては、アレルギー反応・高度心不全・肺梗塞・脳梗塞・吐き気・嘔吐・眩暈などが挙げられている。

 

以上、列挙された合併症・副作用のほとんどがこの手術法の普及過程で遭遇したもので、いずれも今は改善され、危険度は低くなっていると思う。

詳しい説明にかえって安心感が増した。また、術後経過の自己観察に参考になった。

 

7.手術の実施結果107日)

7.1.手術室にて

9時前に手術室に入る。予定通り手術時間は5時間、人工心肺補助は2時間であった。麻酔下にあった時間は約7時間である。私本人は麻酔状態にあり、記憶はない。

 主執刀医は松浦先生、サブは乾先生。ほかに麻酔医(女性複数)、人工心肺技師(男性複数)、看護師(複数)、見学のスチューデント・ドクター(男女各1名)で計10名ほどであった。

 

7.2.ICUにて

 午後4時過ぎにICUで麻酔から覚め、妻・長男・長女に会う。まだ、朦朧としており、酸素マスクもしていたので、言語不明瞭だったとのことである。

ICU内では以下のチューブ・コード類が体に繋がっていた。

点滴チューブが両肩から5本、左右の手首から各1本の計7本。胸部に心電図用端子。胸部皮下に一時的ペースメーカー端子。腕に血圧計カフ、指に酸素濃度計、鼻・口に酸素マスク(酸素濃度50%)。手術箇所に溜まっている血液・体液を除くドレンチューブが2本。尿道カテーテル。両足には血栓防止のために、カフ型のフットポンプ。

私が医療材料開発現役の頃には、このようにチューブ・コード類が患者の体の周りに繋がれているのを、スパゲッティーが絡んでいる状態に例えて、スパゲッティー症候群と呼んでいた。カラーコントロールなどの工夫がされてはいたが、繋ぎ間違えないように、医師・看護師の作業管理の大切さが窺える。

朦朧とした頭で、看護師の引き継ぎで、点滴で使っている薬剤を復唱しているのを聞いていると、感染防止の抗生剤と血栓防止のヘパリンが使われていたのが印象に残っている。

手術後の浮腫みの測定も大切らしく、体重測定のため、フトンごと釣り上げて測定する装置が使われていた。X線と心電図検査もポータブル型で、ベッドサイドで行っていた。

看護師は夜勤を含む重労働であり、担当は近くの寮に住む若い女性か男性が行っていた。

 

ICUの環境

ICUは重症患者を管理する特別な部屋で、安静を保つような静かな部屋だと思っていたが、予想に反して極めて喧しい空間であった。千葉大病院のICUは22床。その各ベッドに多くのモニターが付いており、異常があると警報が鳴る。そのために、極めて喧しい。その上、夜間には救急車がたくさん到着して喧しさが増す。救急車が到着すると、付添いの家族がどやどやと入ってきて、また喧しい。「助かって良かった」という声も聞こえる。ときには。医師の大きな声での「1,2,3と数えて下さい」との問いかけにも答えられない患者も来る。極めて異常な空間であった。朝が来ると、むしろ静かになった。

 

8.その後の入院治療

8.1.心臓血管外科の個室への移動(108日〜14日)

手術の翌日昼前に、ICUから心臓病病棟の個室に移った。移動時は全く立ち上がれないので、ストレッチャーを使う。ICUで付けられていたチューブ・コード類は半分ほどに減った。呼吸補助の酸素マスク(この時は酸素濃度40%)は鼻カニューレ(酸素濃度24%)に代わった。

この個室は、ICUを出たばかりで、まだ多くの介護支援が必要な患者に充てられる。

ナース・ステーションに近く配置され、モニターの警報やナース・コールが鳴ると、看護師がすぐに来る。看護師は若い女性が主体だが、若い男性もいる。

個室移動の午後には、尿道カテーテルが外された。翌日(9日)にはドレンチューブに繋がるタンクも外れ、手首からの点滴が2本だけ残った。

通常はこの部屋に23日いるそうだが、次の空き室がなく、今回は6日間、この部屋で過ごした。14日朝には、松宮教授・阿部先生・稲毛先生の回診があった。

                                                                       

8.2.懸念された副作用

ICUの段階ではバイタル・サイン(脈拍・呼吸・体温・血圧など)、血中酸素濃度はリアルタイムで測定されており、大きな循環器障害、呼吸器障害はなく、取り敢えず安心。尿量も順調に出て、腎臓障害も心配なさそうであった。体温は上がっても37度の微熱。

以下、とくに気が付いた3点について述べる。

1)感染症

 私は敗血症治療カラム“トレミキシン”の開発をしており、術後感染症の怖さを知っていた。最悪の場合は敗血症になり、高熱を出し、多臓器不全に落ちいり、死に至ることがあった。そのため、感染症にはとくに関心が高かった。

近年は万全に対策が取られており、感染症になることは少なくなったようである。今回も幸い細菌感染はなかった。手術中の感染症対策には十分取られていたのだろう。感心したのは、歯科・口腔外科での術前検診である。以前は口腔内からの感染により,死に至ることがあったと聞く。

今回は術後、ICUでは抗生物質(スルバシリン)の点滴が行われていた。

2)腦梗塞と心筋梗塞

心臓にステントや人工弁などの異物を挿入すると血栓を起こし、脳梗塞や心筋梗塞の危険性がある。かつて有名人でも、この副作用での後遺症に悩まされていた人もあり、医学界の対策も進んでいる。 

今回の入院では、血栓防止対策として、最初はヘパリンの点滴が行われていた。手術7日後から夕食後ワーファリン5錠を投薬した。その後4錠に減らし、退院後1か月は3.5錠、その後手術後3か月までは、2錠投薬が続けられる予定である。手術直後ICU段階までは血栓防止のため、両足にフットポンプも着けられていた。

 

3)不整脈

手術後の不整脈については、事前説明にも詳しく述べられた。最悪の場合は永久的ペースメーカーが必要になることがあるとも伝えられていた。手術後の不整脈対策としては、一時的ペースメーカー端子の胸部皮下への挿入と整脈剤(オノアクト)の点滴が行われていた。この二つの助けから離脱できないと退院できない。手術後4日目の夜、心電図に頻脈・不整脈が現れ、医師は翌日午前中に電気的除細動治療(電気ショック治療)した方が良いという。翌日、同意書を書いて、半時間ほどの全身麻酔をし、治療を受けた。その結果、不整脈は無くなり、1週間後には退院できるようになった。退院後は降圧剤(ミカルディス0.5錠)とβ遮断剤(メインテート)の投薬を続けている。

 

8.3.リハビリ

「早めのリハビリ、早めの退院」が最近の病院方針であり、リハビリ体制が充実している。手術後3日目には、ベッドサイドでのリハビリが開始された。肺機能回復のために、スーフという装置による訓練も3日目からはじまった。6日目には、個室まわりの300メートルほどの歩行訓練が始まった。その後のリハビリ室での訓練は帰宅後の住環境に合わせたものだった。訓練中には、血圧・脈拍がオンラインで測定され、小池主任の説明は的確かつ熱心であった。

 

8.4.心臓血管外科の4人部屋(10月16日〜18日)

 16日に4人部屋に移った。点滴は続いているが、廊下を自由に歩行することができるようになった。食堂での食事も出来た。

 

8.5.病院食

美味しい病院食を期待する人はいないだろうが、それほど不味くもない。暇なので、食事は待ち遠しい。病院食の特徴は、退院後の食事指導を兼ねて、カロリー・塩分制限を徹底していた。それに心臓病病棟では納豆が禁止されていた。ワーファリンを投薬していると、納豆のビタミンKにより効果が無くなるからである。

 

8.6.退院の準備

体調が安定し、点滴が無くなり、歩行に問題が無くなり、退院後の投薬方針が決まると退院できた。

検査入院から振り返ると、循環器内科・心臓血管外科・麻酔科・ICU・歯科の医師・看護師、各種検査技師、薬局薬剤師、リハビリ室技師、食堂・清掃スタッフなど、合計すると50人以上のお世話になった。感謝する。

 

9.退院後(10月18日〜)

9.1.手術前後で変化したこと

 まず、血圧状態が変わった。手術前は、収縮期血圧平均130、拡張期血圧50と両者の差が大きかった。(これは大動脈弁閉鎖不全症の特徴の一つ)。退院後の現在は各々11575程度で、安定している。また、手術前は足が浮腫み気味であったが、今は改善されている。

 松浦先生に心エコの術前後の画像を見せてもらうと、術前は半分ほど逆流していて、危険な状態にあったが今は、逆流は見られない。

体重は71キロほどが退院帰宅時は66.5キロほどで現在は69.5キロほどである。退院時には、4.5キロほど減っていた。手術による負担、入院中の食事制限、筋肉の衰え、浮腫みの減少が考えられる。今は筋肉が回復した。

 

9.2.手術後1か月外来検診まで(11月9日)

回復は順調であった。家の周りのウォーキング・リハビリに努めた。3か月は自動車・自転車・スポーツ・家庭菜園の鍬作業は禁止されていた。電車はOKであったが、あまり遠出せずに過ごしていた。胸骨が完全に固定されるまで、手術後3か月はベストバンドを使用した。

 

9.3.手術後2か月

現在手術後2か月を過ぎた時点である。次の外来診察は1か月後である。回復は順調であるが、まだ体力は手術前の状態に戻っていない。手術をすると、元より元気になると言われるが、それまではもう少し時間がかかりそうである。

  

10.治療費

 今回の検査入院も含めた総医療費は約500万円で、うち検査入院費は約50万円であった。健康保険など諸控除があり、自己負担は15万円以内に収まった。健康保険財政の負担になるだろうが、透析などの慢性病と違って、1回だけで回復すると、かえって安いのかもしれない。

 

11.身体障害者手帳

 聞くところによると、ペースメーカー手術や弁置換手術を受けた患者は身体障碍者手帳の申請が出来るらしい。手術前より元気になるというのに、身体障碍者手帳が申請でき、交通費などの割引受けられるというのは、何かヘンな気がするが、申請しようと思っている。

V.感想:最近の医学と病院管理の進歩

 私が東レでメディカル事業に携わったのは、1973年から1998年までである。この間は、よく病院を訪れ、内部を見学する機会があった。そのことは、事業担当としての経営方針を決める時に役だった。その後は医学会には参加するものの、病院を詳しく見る機会がなかった。今回の入院で、久しぶりに病院内を詳しく観察する機会があった。この間に、病院の中がまるきり変わってしまっていることに気が付いた。とくにIT化の進歩と機器類の充実が著しい。今の医薬医療担当の経営責任者は、ユーザーである病院をよく訪れる機会があるのだろうか?