iPSシンポジウム報告

武山高之(2015130日記)

 

(以下、敬称略)

121日、アイソマーズ西村と山本と三人で、ベルサール新宿グランドで開催された

「再生医療実現拠点ネットワークプロブラム 平成26年度公開シンポジウム」

に参加した。報告を兼ねて、最近のiPS研究の状況を報告する。

山中教授がマウスでiPS細胞を発見してから10年になる。まず、iPS開発史のポイントは復習しておく。

 

2006年 山中教授らマウスで成功

2007年 ヒト細胞で成功

2012年 ノーベル賞

 

筆者が山中教授の講演会を初めて聞いたのは、2008年4月、東京の津田ホールであった。その時はアイソマーズ西村と藤牧が一緒だった。

このシンポジウムには、山中教授は英国からジョン・B・ガートンとイアン・ウィルムットを、大切なこの分野の先駆者として招待していた。ガートンは1962年、体細胞クローンガエルをアフリカツメガエルで作った功績がある。ウィルムットは1996年、クローン羊“ドリー”を作った功績がある。

この時津田ホールで、ウィルムットを中心にして、3人で撮った写真が『日経サイエンス201212月号』にある。真ん中のウィルムットは惜しくもノーベル賞を逃したが、両脇の二人が受賞した。

その後、筆者は都合が付く限り公開シンポジウムに参加することにしている。いつも、千人ほど収容できる会場が、一般人や患者さんを含め大盛況である。人々の関心の高さは一種の社会現象のようになっている。

かつてないような速さで臨床研究へのアプローチが進展しており、研究者たちの熱気が感じられる。ただ、まだまだ為すべきことは山積しており、80歳に近い我々が、直接この研究の成果の恩恵を受けることは期待できそうもない。

 

1.再生医療実現拠点「平成26年公開シンポジウム」参加報告

 今回は、ポスターを含めて47件の報告があった。うち、講演は

山中伸弥(京大)「再生医療用iPS細胞ストック開発拠点」

高橋代(理研)「iPS細胞由来網膜色素上皮細胞移植による加齢黄斑変性治療の現状」

澤芳樹(阪大)「iPS細胞を用いた心筋再生治療創成拠点」

谷口英樹(横浜市大)「iPS細胞を用いた代謝性臓器の創出技術開発拠点」

江藤浩之(京大)「iPS細胞技術を基盤とする血小板製剤の開発と臨床応用」

5件であった。

5年以内の臨床が期待されているものに、すでに臨床が開始された眼疾患(理研高橋政代)のほかに、心疾患(阪大澤芳樹)、脊髄損傷(慶応大岡野栄之)、パーキンソン病(京大高橋淳)がある。そのあとに、糖尿病(東大)、肝疾患(横浜市大)、関節疾患(京大)、がん疾患(理研)、腸疾患(東医歯大)が続いている。

臨床試験が始まっても、まだまだ治療費の削減、緊急供給体制などに大きな問題が山積している。以下、注目される2項を取り上げ、詳しく説明する。

 

2.高橋政代 理研多細胞システム形成研究センタープロジェクトリーダー

「iPS細胞由来網膜色素上皮細胞移植による加齢黄斑変性治療の開発」

この研究成果は、iPS細胞での世界最初の臨床応用として、新聞紙上でも報道されて、一般にもよく知られている。

また、高橋はNature誌の2014年に最も重要な役割を果たした10人」の一人に選ばれ、学会でも高く評価されている。 

2013826日開催の再生医療実現拠点ネットワークプログラム「キックオフシンポジウム」では、小保方STAP細胞問題で自死した故・笹井芳樹生・再生科学総合研究センター副センター長が報告している。その報告では、「基礎研究は笹井が担当し、臨床応用を高橋が担当する」と書かれていた。

この研究には、iPS細胞から網膜色素上皮細胞シートを作る過程と、そのシートを移植する過程があるが、第一段階では笹井が開発した方法がとられている。実験医学増刊vol.28 no.2(2010)p96にある岡本理志、高橋政代:「細胞移植による網膜疾患治療」によると、ES(胚性幹細胞)/iPS細胞から網膜細胞への誘導は笹井らの方法によると書かれている。原報は2000年、2005年、2008年に出されており、iPS細胞が発見される前から、ES細胞で研究されていたのであろう。

 

3.谷口英樹 横浜市立大学教授

「iPS細胞から血管構造を持つ機能的なヒト臓器を創出!」

この研究は一般には知られたものではないと思うが、学会では次のように高く評価されている。

「サイエンス誌のscience’s top 10 breakthroughs 2013、ディスカバー誌のtop 100stories of 2013の第5位」に選ばれている

iPS細胞から立体的な構造を持つ「臓器」の創出を実現する手法の開発に世界で初めて成功しものだという。

iPS細胞から特殊細胞培養法により肝臓の原基(肝臓の種、肝芽〉を誘導して、それを肝不全モデルマウスに移植し、移植後マウスの生体内で肝臓に成長させ、その後、生存曲線を調べることにより、治療効果を確認した。

 素人目にも、組織発生科学の知見をもとにして、肝臓に成長する元の肝芽という原基に帰った発想はドキドキするような研究成果に思える。

 

4.日本における幹細胞工学の基礎研究

臨床応用を最終目的とした発生工学・生殖工学・幹細胞工学・組織工学という概念が定着したのは、1999年頃らしい。マウスiPS細胞が発見される6年前のことである。

つまり、幹細胞工学の基礎は、iPS細胞が発見される数年前から、ES細胞で研究の基礎が作られていた。しかし、ES細胞には、ヒトへの応用では倫理上の問題などがあった。

そこに、iPS細胞が現れて、一気に研究が加速した感がする。

大学でも企業でも、研究開発が行詰っている時に、一つの発明・発見により一気に研究開発が加速することはよく経験することであるが、iPSの発見はその華々しい例のように思われる。

ちなみに筆者は、東レで医療材料(人工臓器を含む)の研究開発事業化をライフワークにしてきたが、1998年定年退職までは、幹細胞工学などを将来の課題として考えることはなかった。退職後、東レリサーチセンターからの依頼で「ナノ複合材の技術動向」という調査報告を書いた時に、再生医療への応用の将来問題として「組織培養足場材料」を対象の一つとした。2001年の頃である。そのために、幹細胞工学などを学び、集めた総説論文集が数冊残っている。

 

5.再生医工学における小保方STAP細胞共著者

 iPS細胞とは直接的には関係ないが、手元にある再生医工学・再生医療の総説論文集を読み返してみると、小保方STAP細胞の共著者の名前が複数人現れている。

いずれもその道で顕著な成果を残した研究者であり、STAP細胞問題の影響の大きさが感じられ、複雑な思いがする。

前述した故・笹井芳樹は、第2項の高橋政代の研究の他にも、米誌cell reports 2015.1.30に掲載された理研・六車恵子の「ヒトiPS細胞から小脳の神経細胞の作製」という報告でも、責任著者として加わっているという。門外漢である筆者は知らなかったが、様々な課題で、指導者として成果を挙げていた研究者ではないだろうか。惜しい人を無くしたものである。

総説論文集からは、笹井以外に、次のようなSTAP論文の共著者の成果が見付かった。

C.P.Vacanti,  J.P.Vacanti

筏義人編「化学フロンティア 再生医工学」(化学同人、2001年)p3 筏義人「再生医工学への招待」の記載。

若山照彦

蛋白質核酸酵素vol.45 no.13「再生医学と生命科学‐生殖工学・幹細胞工学・組織工学」(20009月号増刊)p2005 若山照彦「核移植によるマウスのクローン」

大和雅之

蛋白質核酸酵素vol.45 no.13「再生医学と生命科学‐生殖工学・幹細胞工学・組織工学」(20009月号増刊)p2156 大和雅之、岡野光夫ほか「人工材料を用いた細胞のマニピュレーション‐細胞シート工学の創成‐」