洛禎OB会の報告(その4)

 ウーラント「渡し場の詩」

鶴田先生は昔、旧制六高時代に恩師の山岡望先生から教わったこの詩に魅せられ、これぞ「こころ」の詩として、今も愛誦しておられるとのこと。

 この詩はもともと新渡戸稲造がドイツ留学時(1887-1890)に日本に紹介したもので、彼が旧制一高校長時代に弟子の山岡望にこの詩を伝えたことから、次々に教え子たちに語り継がれたものです。

 鶴田先生のコメントが続きます。

 この詩の内容。昔、友人二人と一緒に三人でネッカー川を渡ったことがある。今は、同じ渡し舟に私一人の孤影が、、、、。しきりに亡き友のことが想われる。三人のこころが「目に見えぬ糸」でつながっているのだ。「船頭さん。船賃三人分、どうぞ」 

 詩の日本語訳と原詩を下記に添付します(伊藤)

 

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渡し場  Auf der Überfahrt

作:ルードウィッヒ・ウーラント 訳:猪間驥一・小出健

               友を想う詩!

文語体訳詩

渡し場

原作 ルードウィッヒ・ウーラント (1787-1862) 

共訳 猪間驥一 (1896-1969) 小出健 (1928- )

(とし)流れけり この川を

ひとたび越えし その日より

入り日に映(は)ゆる 岸の城

(せき)に乱るる 水の声

同じ小舟(おぶね)の 旅人は

二人の友と われなりき

一人はおもわ 父に似て

若きは希望(のぞみ)に 燃えたりき

一人は静けく 世にありて

静けきさまに 世をさりつ

若きは嵐の なかに生き

嵐のなかに 身を果てぬ

(さち)多かりし そのかみを

しのべば死の手に うばわれし

いとしき友の 亡きあとの

さびしさ胸に せまるかな

さあれ友垣(ともがき) 結(ゆ)うすべは

(たま)と霊との 語(かた)らいぞ

かの日の霊の 語らいに

(むす)びしきづな 解(と)けめやも

受けよ舟人(ふなびと) 舟代(ふなしろ)

受けよ三人(みたり)の 舟代を

二人の霊(たま)と うち連(つ)れて

ふたたび越えぬ この川を

原詩

Auf der Überfahrt

Ludwig Uhland  (1787-1862)

Über diesen Strom, vor Jahren,

Bin ich einmal schon gefahren.

Hier die Burg im Abendschimmer,

Drüben rauscht das Wehr wie immer.

Und von diesem Kahn umschlossen

Waren mit mir zween Genossen:

Ach ! ein Freund, ein vatergleicher,

Und ein junger, hoffnungsreicher.

Jener wirkte still hienieden,

Und so ist er auch geschieden.

Dieser, brausend vor uns allen,

Ist in Kampf und Sturm gefallen.

So, wenn ich vergangner Tage,

Glücklicher, zu denken wage,

Muss ich stets Genossen missen,

Teure, die der Tod entrissen.

Doch, was alle Freundschaft bindet,

Ist, wenn Geist zu Geist sich findet;

Geistig waren jene Stunden,

Geistern bin ich noch verbunden.---

Nimm nur, Fährmann, nimm die Miete,

Die ich gerne dreifach biete !

Zween, die mit mir überfuhren,

Waren geistige Naturen.

 ここで、謹んでお知らせ致します。

 鶴田禎二先生は9月18日、老衰による呼吸不全で亡くなられました。享年95。心からご冥福をお祈りいたします。(完)