平成28127

西 村 三千男

 

連載「余談・ドイツ化学史の旅・番外編」

19回 University of Glasgow University of Strathclyde

 

 

18世紀半ばに始まる産業革命の主舞台はイングランドよりもむしろスコットラドであった。グラスゴー市はスコットランド最大の都市、英国では第4)である。グラスゴーに立地する2つの大学 University of GlasgowUniversity of Strathclydeは、工学系人材の輩出と工学の進歩を通じて、英国の工業発展と世界の産業革命に大きく貢献した。幕末から明治維新にかけて、日本も「留学生」や「お雇い外国人」による人的交流で両大学から多くを学んだ。

 

1.     University of Glasgow

 

グラスゴーの旅、第1日目(6/11)はグラスゴー大学を散策した。グラスゴー大学は1451設立である。オックスフォード大学(1249)、ケンブリッジ大学(1284)等に次いで英国第4番目に古い名門校である。所在地は「シティセンターの西北」の丘にある。設立から数度の移転を経て、最終的に現在地のこの丘に移転したのは1870年。その当時の設計で建築された美しいゴシック式の校舎が現在も神々しくそびえ立っている。武山さんの先導で地下鉄Hillhead駅からアクセスした。キャンパス全体の美しい景観はそれ自体が市の観光資源にもなっている。

 

武山さんが昨年寄稿掲載された

スコットランド・グラスゴー訪問候補地」 (http://isomers.ismr.us/isomers2015/glasgow.htm)

の中で紹介されているアダム・スミス、ジェームズ・ワット、ケルヴィン卿らの銘板を貼り付け掲示した”珍しくて有名な門扉“を先ず見学した。キャンパス内に本格的な教会も設置されていた。構内売店も充実していて、販売しているのは大学関連グーツだけでなく一般のスコットランド特産品、例えば高級カシミア製品も扱っていた。(縁起を担いで)受験勉強中の孫へのお土産としてここでスコティッシュカシミアのマフラーを購入した。

 

2.     University of Strathclyde

 

2日目(6/12)はストラスクライド(Strathclyde)大学を探索した。やや耳慣れないStrathclydeという名称は、スコットランド語で”valley of the River Clyde”を意味しているらしい。1796年にアンダーソンインスティチュートとして設立され、名称は幾度か変遷した。現在のUniversity of Strathclydeとなったのは1964年。

 

ホテルから地下鉄1駅のジョージスクエア(George Sq.)がシティセンターである。ここから北方、山の手の大聖堂方面へのなだらかな斜面にストラスクライド大学のビル群が並んでいる。グラスゴー大学が格調高いゴシック建築群であるのと対照的に、こちらは近代建築ビル群である。

 

長州5傑の一人、山尾庸三は「日本の工学の父」と称される。ロンドン留学3年経過した1866年、山尾30歳の時に留学先をグラスゴーに転じ、昼間はネピア造船所で働き、夜はアンダーソンインスティチュートの夜学に学んだ。その同時代に後年日本の「お雇い外国人」となるHenry Dyerも同校に在籍していた“縁“もあった。Henry Dyer1873年に来日。工部省工学寮の教頭として約10年、日本の工学の基礎づくりに尽力した。

 

大学構内にHenry Dyer Buildingが存在すること、それをネットで容易に検索できることは帰国後に知った。我々の旅行前の事前準備は不十分であった。当日は当てもなく、ヘンリーダイアーを記述したリーフレットでも見つからないものかと探索するうちに、キャンパスの平面図上にHenry Dyer Buildingを発見した

 

このビルは比較的新しい。1970年に建てられたもの。玄関ロビーにHenry Dyer 胸像が置かれて英文+日本語の説明板もあった。通りかかった若い研究者を呼び止めた。トルコから到着して間もない留学生であった。親切にビル(研究室)館内を案内してくれた。廊下の掲示パネルからDepartment of Naval Architecture & Marine Engineerと判読できる。

 船の重心の高さと安定性を解説するパネルがあった。帰国後ネットで「船舶海洋工学科」

 と和訳されているのを知った。

 

(つづく)