ショスタコビッチの音楽

 

20世紀のソ連作曲家ショスタコビッチ(Dimitri Shostakovich,1905-1975)にはこれまであまり親しみがなかったのであるが、少しずつ知ってみると偉大な作曲家であることが分かってきた。これまで親しみなかった理由の一つは、以前にたまたま聞いた交響曲の一つがなじめなかったのと、共産党員としても大きく貢献しソ連の政治をを謳歌する音楽ばかりを書いたというような(いい加減な)記事にも影響されていた。

 

今回ショスタコビッチに注目するきっかけになったのは、YoutubeSecond Waltzという曲を聴いたことである。Youtubeでのビデオでは宮廷舞踏会の音楽として用いていたが、それを見てソ連の時代に活躍した作曲家の音楽がなぜ宮廷舞踏会のワルツになるのかと疑問を持ったことから始まる。ロシアの宮廷はニコラス2世が最後で1917年のロシア革命とともに断絶している。

 

Second WaltzSuite for the Jazz Orchestra No.21938https://www.youtube.com/watch?v=XmwkjT9oO2E

 

ショスタコビッチは14の交響曲をはじめ、プレリュード、室内楽、映画音楽その他を多数を残した。ソ連共産党との関係は複雑微妙で、ショスタコビッチにとっては苦痛なものであった。スターリン時代には彼の音楽がスターリンの機嫌を損なったために生命の危険にもさらされたと伝えられている。晩年、モスクワ音楽院で高い地位に就任する際に共産党員になることが義務付けされたために、党員になることを承認した。

 

ソ連の共産党をたたえる音楽もいくつかあるが、大半はもっと自由で、親しみの持てる音楽であることが分かってきた。Youtubeにはバーンシュタインの指揮するニューヨークフィルハーモニーが演奏した第五交響曲がある。優れた演奏で、美しい曲であるのでお勧めしたい。https://www.youtube.com/watch?v=0FF4HyB77hQ

 

さて話がもとへ戻るが、宮廷舞踏会の音楽として用いられているSecond Waltzは1903年にShtrovという作曲によって書かれたOn the Hill of Manchuria (Manchuria Waltzとも呼ばれている) と驚くほど似ているのである。

 

https://www.youtube.com/watch?v=CY298YD2kZw の冒頭

 

ロシア作曲家の書いたワルツになぜManchuriaがタイトルに出てくるのかが不思議に思われたが、その曲が書かれれた1903年というのは日露戦争(1904-1905)の直前である。当時ロシアは、満州の南端に位置する旅順半島を中国から租借して基地を作っていた。ウクライナの南端にあるクレミア半島がロシアが南に出る大事な場所であったのとおなじ理由で、旅順がなければ、シベリアの港は冬は凍結するので出口がなくなるためであった。だからロシア人は当時満州を行き来していたのであった。ロシア人にとっては満州は異国で、その旅愁を歌った曲のようである。

 

Manchuria WaltzとショスタコビッチのSecond Waltzを比較してみると、和音もメロデイーもよく似ていて、切って張り合わせても分からないほど似ている。ショスタコビッチはManchuria Waltzをよく知っていて、それを書き直したのであろうと想像される。しかし後者のほうが倍くらい長く、また洗練されていて、オーケストラで演奏すれば華やかで宮廷舞踏会にぴったりの音楽になっている(駐1)。

 

Youtubeのビデオは最近作られたものであるし、そんな歴史的な事情にこだわる必要は全くないのであるが、スターリン時代に書かれたショスタコビッチのワルツが、帝政時代の宮廷舞踏会にぴったりの音楽であったというのは面白い。

 

Youtubeではほかにもいくつかのショスタコビッチの音楽があるから、ぜひ勧めたい。

 

駐1:ロシアのワルツはそのリズムが、ウイーンのワルツや、ショパンのワルツとも全然違っていて、ピアノで演奏するときでもその違いを意識していなければならない。チャイコフスキーのくるみ割り人形組曲や白鳥の湖のワルツは、典型的なロシアのワルツである。おそらくウイーンの舞踏会でロシアのワルツを演奏することはないだろう。

 

中村省一郎 2016-9-14