ウェステイングハウス原子力会社の破産4-2-2017

 

ウェステイングハウス原子力会社(WHNと略す)の破産はショッキングなニュースであった。現在は私は原子力とは何のかかわりも持たないが、過去には日本では日立の原子力開発部で働き、原子炉炉心の設計に関しては最高のレベルの知識をもっていたし、学会での発表も欠かさなかった。アメリカに来てからは大学で原子核工学の授業と研究に携わった。当時日立と東芝は共にジュネラルエレクトリックと提携し、福島原子力発電所の建設をおこなった。三菱はWHNと提携し、加圧型の原子力発電所の建設をおこなっていた。

 

私がWHNと関わりになったのはアメリカに来た直後で、原子炉炉心の設計に必要な解析用計算プログラムの改良にコンサルタントとして働いたのである。原子炉設計のためのコードで一番計算時間の長くかかるのは、炉心内の中性子分布を解くための中性子拡散方程式であった。中性子拡散方程式は楕円型偏微分方程式であるが、数個が連立しているうえ、固有値問題と非固有値問題が複合されている。繰り返し法で解くが、当時の超大型計算機で長時間を要し、そのためにWHNでは何台もの大型計算機をフルに動かしていた。

 

当時私は中性子拡散方程式を普通の10倍くらいの速さで計算してしまう数学的方法を開発していて、世界で最も優れた方法であった。量子力学で近似解を求めるのに使用されていた変分法を応用した方法で、変分法を繰り返し法と組み合わせることで、厳密解が計算できた。

 

WHNのコンサルタントの仕事は、週に一度コロンバスからピッツバーグまででかけて4年以上続いたが、1975年になって、WHNの国内受注がまったくなくなってしまったため、予算縮小のためコンサルタントの仕事も打ち切りとなった。その後もWHNは国外からの受注で経営を続けてはいたが、原子力に関する研究費は大学でも激減し、私も専門の仕事を原子力から航空機の空気力学の方向に切り替えてゆくことになった。当時何人かの原子理論家が数値流体力学に転向してゆき、図らずも私もその一人となったのである。

 

その後、2006年WHNが東芝に買い取られたと聞いた時には少なからず驚いた。このとき三菱とGEもWHNの買い取りの申し出に参加したが、東芝が勝った。私がWHNのためにした仕事も東芝の持ち物となったことが不思議な思いであった。この時を機会に三菱はWHNとの提携をやめ、GEとの提携を開始、また日立との合弁運営をはじめた。古くからの知人の話によると、現在も日立の中は三菱色が強いという。

 

しかしその後(1)電力需要の低下、(2)福島原子炉事故、(3)石油と天然ガス価格の急下落、(4)太陽光発電、および風力発電量の急増など、以前には予期しなかったことが起こり、原子力発電への需要は激減となったことが、WHNの破産の原因となった。東芝がWHNの親会社である以上、WHN破産の責任を取らないわけにはゆかないであろう。無理をして抱え込んだWHNが破産となった結果で東芝の将来は非常に暗いと言われている。

 

中村省一郎

4-2-2017