アイソマーズの皆様へ

 

ご無沙汰しております。私は懲りずにオーケストラ活動を続けステージ経験はあと少しで50年に届きそうです。現在は演奏会に年に5-6回参加し主に関西シティフィルで活動しています。去る16日に定期演奏会をザシンフォニーホールで催しサンサーンスの死の舞踏フォーレのペレアスとメリザンド組曲ベルリオーズの幻想を演奏しました。おかげさまで客席は割以上が埋まり盛会でした。実は関西シティフィルには友の会というファンクラブまであり近隣のオーケストラにとって羨望の的になるほど聴衆が多い楽団で客が溢れないようにチケットの発行枚数を抑えています。それでも昨年6月の演奏会では席がない100人程のお客様を会場内で最後まで立たせた上に会場に入れない100人程のお客様にロビーのモニターテレビで我慢させるという大失態を演じ慎重になっています。素人芸丸出しの演奏なのですがアンケートに「すごく楽しかった」と書いて下さるお客様が多く(上手だったとは誰一人書いて下さらない)生き甲斐を感じております。昨年月に蝶々夫人全幕を上演した時は殆どのお客様が涙ぐむほど感動して下さり,昨年9月にパリのアメリカ人を演奏したときは,スウィングが始まると指揮者が顔を真っ赤にして興奮するほど盛り上がり耳が痛くなるほどの拍手をいただきました。

 

先日の定期演奏会の翌日,317日から東京へ出張し楽器持参で学会に参加しました。大変珍しい体験でしたので押し付けがましいですが顛末をお伝えします。

 

学会初日の夜時に化学会館階ホール(広は関西シティフィルの練習場の/程度)に化学オケと名乗る楽団のメンバーが集まりました。1stVn,2ndVn,Va,Vc,Cb,Fl,Ob,Cl,Fg,Hr,Trp,Trb,Tuba,Perc1という編成でした。大学の先生が学生が会社の研究員が国立研究所などの研究員,日本化学会の事務職員,年金生活者も居ました。指揮者は中馬脩ん(ヤトロンの常務で中央研究所長,APAの会員で指揮山田和雄氏に師事)でた。曲目はアイネクライネの楽章ベルテメントニ長調の楽章皇帝円舞曲ブルータンゴワルツィングキャットシンコペイテッドクロック金と銀の7曲で関西シティフィルの団員には初見でも対応できるプログラムでした。化学オケの社会人メンバーの多くは学生オケのOBで(東大オケOBが多い)現在は小人数アンサンブルを楽しむ程度でした。発起人代表者の東大教授にはオケの経験がなく他にも合奏経験のない人や40の手習いで楽器を使い始めた人もいて私のように本格的な社会人オケで活動中のメンバーは殆どいなかったのですが半年もかけた数回の練習の甲斐があってまとまりのある合奏で存分に楽しむことが出来ました。私は事前の練習に参加したこともなく事前に楽譜を渡されることもなく初めて参加しましたが,特に問題はありませんでした。私の隣に座たのは北海道大学理学部大学院生の大変陽気な女性でした。

 

 二日目の午後に日本化学会創立125周年の記念式典が行なわれました。会長の野依君は大活躍でした。両陛下が臨席され(天皇にとっては退院後初の外出で大勢の報道陣が詰め掛けました)「科学技術の進歩が人類を不幸にすることがないように環境や福祉の問題に熱心に取組むことを希望します」という趣旨のお言葉を賜りました。会場係に手渡された資料には分刻みの詳細なスケジュールが記載されていましたが式場を出られた両陛下が予定の時間を遥かに越えて展示室を見学されたために警備の都合上この見学が終るまで式場に参列した人達は缶詰になりました。展示室には杉田玄白の解体新書伊能忠敬の日本地図などの貴重な資料があったためです。私には和紙に毛筆で縦書きに書かれた「小學化學」という教科書も大変興味があり文明開化に意気込んだ時代の世相を感じました。

 

 午後6時から祝賀会が開かれました。祝賀会の会場では山本經ニさんにお会いしました。分刻みの詳細なスケジールに従って楽団員は10分前に召集され5時から25分間のリハーサルを行い,530分に参加者が入場し,6時少し前に常陸宮夫妻が入場されて壇上に座られ司会者が開会を宣言した直後にアイネクライネを演奏しました。その後退屈な挨拶が続いた後に常陸宮殿下のお言葉があり退場されるのを待って乾杯があり懇談に入ると我々のBGM演奏が始まりました。化学オケの演奏は絶賛され(誰も聞いていないのに)アンコールまで要望されて2曲を繰り返しました。関西シテルで演奏活動を行なっている者には,BGM演奏は心地よい経験ではありませんが新しい合奏仲間ができたことが収穫でした。閉会の後に楽団の打ち上げパーテーがリーガロイヤルホテルのレストランで夜中まで行なわれました。(翌日は平常通り9時から各会場で研究発表が行なわれました。)

 

 遊びに行たのではありせん(念のため)仕事もきちんとして来ました。居残りをさせられておりますが,私なりに頑張っています。私の講演発表には日刊工業新聞によ取材があって詳しく報道してくれるそうです。