韓国との関係     中村省一郎

 

武山さん、新しい連載記事の第一話、有難うございます。韓国、朝鮮には、終戦直後に数ヵ月滞在したした経験しかありませんが、私自身、何かに付け切れない関係があり、また気になることが多い国でもあります。

 

最近サッカーの主催などを通しても見られるように、両国の関係が暖かくなってきたことは非常に悦ばしいことと言えます。米国にいても、日韓のいままでの冷たい関係は私自身にも影響を及ぼし、例えば、韓国人の学生は日本人の私のところにはめったにきません。(いまは一人いますが。) 韓国人の日本人に対する過去のわだかまりは、多くの日本人の韓国人への差別や軽蔑と無関係ではないようです。ごく最近の経験ですが、ある日本人の集まりで(あまり教育レベルの高くない)、私が「日本は過去に韓国や中国に学んだことが多い。ところで、あなたのような日本の言葉の使い方が、韓国や中国にあるかどうかきいて見ましょう」と発言して、非常に不愉快がられたことがあります。「韓国や中国」を引き合いに出したところが不愉快だというのです。

 

また数年まえのことですが、成田空港から発つ直前、韓国人の知り合いの学者と親しく話していたことがありました。丁度そのとき、母親も来ていましたが、息子と話しているのが韓国人と知るや、顔つきが非常に厳しくなったのにおどろきました。また、何年もまえのことですが、妻の父親がこちらにたずねて来たとき、私が中国人の学生の世話をしているのをみて、なんでそんなことをしなければならないんだ、といった態度を見せたのをみて、ショックをうけました。立場をかえて考えてみると、このような態度がまったく間違っていることは明確なのですが、一世代まえの人や、今でも学歴の低いひとの間には、差別の態度が根深く染み込んでいるとしか、考えられないのです。それが、日本の中でも、いま変わろうとしているように思われます。

 

じつは、この文を書き初めたらすぐに韓国人の学生がやってきましたので、友人の韓国旅行記をHPに載せたところだ、といったら、ワールドカップ以来韓国では外国人への態度の急激な変化が起こっている、といっていました。

 

韓国人はどこに行っても、猛烈に働くというのが、強い印象です。韓国人の大学院の学生は猛烈にがんばるので、いまや日本人の学生はこちらの大学院では太刀打ちできぬのでは、とさえ思われます。また、他人のやりたがらない分野で猛烈に働いているのは、韓国人です。本国では、そういう頑張りが今の韓国の発展をささえているのでしょう。こういう点で、武山さんの観察に全く同意です。

 

また製品が安い。同じ性能の製品なら、韓国製は30%以上安いでしょう。すこし古い話になりますが、ビデオカメラを仕事のは韓国製、私用のは日本製を買いました。前者は大型で重たかったが、たったの$250、後者は軽くて、$700。しかし画質では、日本製のは韓国製より遥かに劣り、結局仕事には日本製のは使いものにならなっかたのです。韓国製の車も、性能もスタイルも見違えるように良くなりました。1970年ころ、米国では日本製の車といえば、尻下がりの不格好なダットサンに代表されたのに、10年もたたないあいだに、日本の車が見違えるように良くなった歴史を、より早い速度で追っているのではないでしょうか。

 

それでは韓国は日本を追い越してさらに遠くへ追い越すだろうか、という疑問の答えは、武山さんの意見が正しいようにおもいます。がむしゃらに働く時代がおわった時、ひとは何を考え、何をはじめるか。やはり日本とおなじ路をたどるのではないでしょうか。日本も西洋諸国でおこった路をあゆんだのです。また、労働ではなく、思考と頭脳の力で新しいものを生み出してゆかなければならなくなったとき、おおきな壁にぶっつかることでしょう。新しい発明や、文化的な貢献は、貧乏では出来ないし、長時間の激しい労働だけからは生まれないのです。

 

1980年台後半にショックを受けたことあります。米国に来る大学の先生も会社員も口々に、日本は凄い国だ、もうアメリカに学ぶことはなにもなくなった、といって、熱い息を振りまき、米国に住む日本人に気の毒そうな顔を見せながらも、鼻で風を切って通りぬけてゆきました。それから5年もすると、ああもう日本はだめだ、どうしたらよいのだ、という声にかわったのです。

 

このような経験が韓国にもやって来るかもしれません。そして、日本はそれを冷静に観察する立場になったです。先進国の仲間入りとは、きっとこのようなことなのでしょう。

 

次の記事をお待ちしています。

 

中村