3-15-03

「馬車よ、ゆっくり走れ」感想文への返信

 

西村さんの「馬車よ、ゆっくり走れ」感想文を読んで、心の休まるおもいがしました。久しくなかったことです。機会があれば本文を読みたいですが、西村さんの感想文からも、その本のよさが伺い知れる思いです。

 

日本に行くたびに、その逆の思いが重圧になって心にせまります。故郷のはずなのに、知らぬ国へ来たような錯覚に陥るのは、何もかもがあまりにも早く変えられ、知っているのもがなくなってしまうからでしょう。

 

ヨーロッパの都市では、中世からの古い町並みがそのまま残っているのは、古い部分をそのまま残すことに非常な努力をしているからだとおもいます。私の住むコロンバス市でも多くの新しい建造物ができましたが、レンガ建てが多く、どれもどことなく古い感じの建て方で、もっと近代的な建造物に出来ないだろうかと思うこともありますが、まわりに移民開拓時代の様式を受け継ぐ古い建物があるときは、なるべくその年代の差を感じなくさせる、古い感じの建てかたも意味があるように思えます。

 

最近日本で、ものすごい速度で進んでいる破壊の一つは日本語ではないでしょうか。何でも英語の単語に置き換えていう習慣。ひどいのは、日本語で単語をいっておいて、「つまり」のあと英語でいっているテレビの出演者がいました。ベテランのアナウンサーが、日本語で言えば難なく表現できることを、単語だけ日本式発音の英語に置き換えて、平気でいい加減な話し方をしているのをよく聞きます。

 

西村さんの紹介された「馬車よ、ゆっくり走れ」の心を多くの人に知ってもらう方法はないものでしょうか。

 

中村