我が追憶のハイデルベルク、そしてドイツ

 

第4話  ドイツの救急車

 

おそらくアイソマーズのどなたも経験されたことのない「ドイツの救急車」にハ

イデルベルクでお世話になったことがあります。今から約35年前の出来事です。

その顛末記を約10年前、研究所長時代に所内LANのBBSに掲示したものを原

文のまま、加筆訂正せずに再掲します。

 

私の失敗(11) ドイツの救急車 〈 Friday - Focus 3.13

   1992.3.13

 

ハンブルグのプールで Dr.Nishimura は準備運動もせずにザブンと飛び込み、

ブクブクブクと沈んでそのまま浮いて来ない。皆で助け上げて救急車で病院に運ん

だ」と云う間違った伝説が一時(私の帰国10年以上もたった後)デュッセルドル

フで私を知る人々の間で広まりました。一緒にいたドイツ人L氏の頑固な記憶違い

によるもので,今や彼と私とで直接対話しても修正出来ません。

 

事の真相は以下の通りです。L氏はデンカクロロプレンのディーラーの部長を名

乗るセールスマンでしたから,頻繁に私と旅行をしていました。ハイデルベルクの

接着剤メーカーT社にもよく通いました。午後早い時刻に仕事が終わってしまった

のでプールへ行く相談がまとまり、水泳パンツを買い求めて泳ぎに行きました。そ

の頃、出張、飛行機、ドライブ、酒、タバコと無理と不摂生を重ねていたからでし

ょうが、プールで少し泳いだだけで気分が悪くなりました。プールサイドで蒼い顔

をして横になり休んでいましたらーーー泳いでいるL氏以外の周囲の人が気付いて

プールの係員を呼ぶーーー私がドイツ語ではかばかしい返事をしないーーーソレッ

救急車を呼べーーとなったものです。あっと云う間に救急病院へ運ばれてしまいま

した。

 

一通り診察を終えた医師は「単なる過労とは思うが,念のため一晩入院せよ」と

云う。病室に行ってみると二人部屋で相手は今にもお迎えが来そうな老病人でした。

これではかなわんと思って、医師に「もうすっかり気分が良くなったので、すぐに

帰りたい」と掛け合うと「それはならない.若しどうしても帰るのならこのフォー

ムにサインせよ.」と。読んでみると「私は医師の指示に反して、自分の責任で退

院する」ってな事が書いてあった。躊躇することなくサインしてハイデルベルグの

学生飲み屋街へ繰り出してL氏と快気祝いの祝杯を上げたのをいくら説明しても彼

はハンブルグ説を撤回しないのであります。

                                                         (おわり)

(2002.6.19記、第4話おわり)

 

注記:1)文中の Dr.Nishimura は称号詐称です。なぜそのように大それたことにな

     っていたかの言い訳は次回以降。

2)L氏とは今も交友関係にあり、昨年5月の旅行でもLご夫妻から夫婦で

歓待を受けました。