我が追憶のハイデルベルク、そしてドイツ

 

第8話  リッチマンL氏のこと

 

これまで第3、第4,第5、第7話に繰り返し登場したL氏は、現在彼が生まれ

育ったエッセン市(デュッセルドルフ近傍)でゴルフ、ロータリークラブ、海外旅

行などを日課にリッチな晩年を過ごしている。

 

私が彼と初めて出会った1965年頃、私より5歳ほど年長の彼はデンカクロロ

プレンの一介のセールスマンであった。三井物産がPVC等の輸出の西独内代理店

として起用していた小さなディーラーであるK社での肩書きは部長職であった。

 

第5話に既に述べたが、三井物産ミラノ店に駐在していたアイソマーズ森山さん

のご尽力でデンカクロロプレンがピレリ社に売り込まれた。気をよくして本格的に

欧州輸出に進出しようとするデンカクロロプレンを西ドイツではK社でL氏が担当

することになり、彼のVW−1500でアウトバーンをドライブしながら、西ドイ

ツの全土に分散している潜在ユーザーにローラー作戦を繰り返し、時にはベルリン

の壁を越えて東ベルリンやライプチッヒへも出かけた。

 

 こうした出張の際に相応のシティホテルに宿泊することは稀で、大抵はドイツ式

の安上がりなガストハウス(ベッドと洗面台は有るが、バス、トイレは廊下に出る

外付け式)をL氏が選んでいた。つまりアシ、アゴ、ヤド等全てにわたり質素であ

った。第3話のシュパーゲルの朝市も第4話の救急車事件も第5話の称号詐称もこ

のようなビジネス旅行の中で生じたエピソードである。

 

 ここで当時の東独との交易に触れて置こう。例えばデンカクロロプレンを東独に

売ると仮定する。当時、東独と日本の間には通商航海条約はおろか国交さえもない

状態だった。東独はデンカクロロプレンを購入したいけれど、西側のハードカレン

シーが無い。そこでバーター貿易のようなことが始まる。東独製品で、どうにか曲

がりなりにも西側で商品価値が認められるSBRやPVCを買い付けて、それを西

側ユーザーにはめ込むのである。長年これを繰り返すことでK社とL氏に独特の商

権と交易ノーハウとが蓄積されたのである。

 

 デュポン、バイエルという欧米の超一流化学企業と競合しながら、デンカクロロ

プレンの輸出は極めて順調に成長した。この成果に対するご褒美としてL氏は、K

社と電化から1968年日本での研修とメキシコオリンピック(その次がミュンヘ

ン開催予定であったので西ドイツでは盛り上がっていた)を組み合わせた世界旅行

を獲得し、一方の私も少し遅れて得意満面で凱旋帰国したのであった。

 

 それから30有余年の歳月が流れた。私はデンカクロロプレンの輸出業務からは

すっかり離れてしまい、L氏との接点も途切れ勝ちとなった。一方K社はオーナー

経営者の死去によって解散となり、L氏は新たに同僚と会社を設立してそれまでの

人脈を活かしてプラスチックスと合成ゴムの輸出入を続けた。デンカクロロプレン

の販売も彼の人脈による部分は継続してもらった。上述の東独との商売等で独自性

が発揮されて会社の経営も軌道に乗ってきたと仄聞していた。

 

 そこへ1991年11月に、誰も予想しなかったベルリンの壁の崩壊が突発して

世界に衝撃が走った。全てが歴史的変革をする中で東独の商工業も変貌を遂げた。

詳しい経緯は知らないけれど、L氏の東独商権が米国の或る大手化学品トレーダー

に高額で売却され、L氏は実業から引退されたと伝聞した。もともとL氏はゴルフ

好きではなかったけれど、これからはゴルフだけの生活になると聞いて三井物産と

電化の古い友人たちが少しずつ醵金してSヤードの#1ウッドと#3ウッドを贈っ

た。1997年秋久しぶりに来日したL氏はホテルオークラのパーティルームを借

り切って、Sヤードを贈った人たちを中心に三井物産と電化の古い友人たちを夫人

同伴で招待した。

 

 私はヨーロッパへ出張する機会毎にL氏に事前連絡をしていた。心臓に持病を持

っているL氏を激励したいと思ったからである。真冬と真夏は心臓病の保養のため

南国ギリシアへ旅行に出かけていることが多くて、なかなかアポイントが成立しな

かった。2000年夏、私が電化の役員を退任した区切りにヨーロッパのビジネス

パートナーへの挨拶を兼ねて家内と私的旅行をすると予告しておいた。それが昨年

5月後半に具体化したが、今度はL氏も私のスケジュールにあわせて待っていて呉

れた。

 

第7話に述べたように彼の所属するゴルフクラブでランチをと招待された。約束

の日に、L氏は私の家内にプレゼントする豪華なバラの花束をもって私たちのホテ

ルへメルセデスでピックアップに来て呉れた。一方、フラウLは別のメルセデス・

コンバーチブルでゴルフ場へ直行してそこで合流した。往時はL氏の愛車はVW−

1500であったが、いまや夫妻で別々のメルセデスを持てるようなリッチマンへ

と身辺事情が激変している。    (第8話おわり)

 

西村三千男

 

後書:10月1日〜16日、イタリア、ドイツ、オランダを旅行しました。

   今回もL氏に会う相談をしましたが、彼は私の提案した丁度その時期に

オーストリアへワインの新酒を味わいに出向いて留守でした。

 

                        2002.10.17記