我が追憶のハイデルベルク、そしてドイツ

 

第9話  大学都市

 

ハイデルベルクは大学都市である。大学都市では学生が勉学や研究にいそしめ

るように、街全体の仕組みが作られ機能している。静かな環境、図書館施設、新

刊本と古書を扱う書店群は欠かせない。経済的には学生が安上がりに生活出来る

部屋代や食堂、喫茶、酒場、そしてスポーツや娯楽の設備も大切である。更に、

何にも増して、学生たちが市民から大切に扱われ、大学教授は尊敬されるという

雰囲気が根本に必要である。

ヨーロッパ各国にはハイデルベルクのような形態の街が幾つかある。英国のケ

ンブリッジとオックスフォードが有名であるが、ベルギーやスペイン、ポルトガ

ル、イタリアにも伝統的な学園都市があるそうだ。アメリカのことはよく知らな

いけれど、ボストンがこれに相当するのだろうか?日本には類似の街の形態は無

いようだ。強いて挙げるなら京都、仙台、金沢の大学周辺の一部が似ているかも

知れない。そういえば、これ等は旧制の三高、二高、四高の所在地でもある。こ

れは恐らく偶然ではないだろう。旧制高校を設置する時の政策決定者の高い見識

と強い意思とを感ずる。

では「つくば研究学園都市」ではどうかといえば、それはちょっと違うという

気がする。そこには高学歴で高IQの人達が集中して住んでいるが、学生が大切

にされ、学者が尊敬される街の形態ではなく、逆になっている。つくば研究学園

都市の話を面白おかしくよく聞く。「小学校、中学校で生徒の父親が日本の頭脳

を代表するような方々で、そのDNAを受けた子供達は学業の出来が良すぎて5

段階評価が成立しない.元々の地元の子供達と二層分離してしまう.」「居酒屋

のカウンターで右隣りも左隣りも理系の博士では雑談も弾まない.飲みに行って

も面白くも何ともない.」「高学歴者の自殺とスワッピングが流行しているらし

い.」等々。「つくば」をモデルに造成したと言われている「京阪奈」の「関西

文化学術研究都市」は此の点どうなのだろうか?

最後に、私達がかって学生生活を過ごした京都は大学都市と呼べるだろうか?

京都に於ける大学群のプレゼンスと八百八寺とも云う仏閣やイトヘン商工業の存

在との軽重を比較すると京都の街全体の仕組みを大学都市と云うのは無理があり

そうだ。それでも、吉田周辺を含む京都の北東部の一角は学生や大学教授に都合

の好いインフラが整備されていた。美術館、博物館、日仏会館、日伊会館、哲学

の道、進々堂喫茶、ランブル、柳月堂、書店、古書店、下宿屋、学生食堂、学生

居酒屋、学生理髪等が懐かしく思い出される。下宿の近隣で日用雑貨や食料品を

売るお店のオバサン達も学生に親切であった。

(第9話おわり)

2002.11.17記