伊藤さんの「トイレ」から思い出しました

西 村 三千男

 

(0)1996年9月、アイソマーズ総会 in  北京

当時、伊藤一男さんが北京に駐在されていてアイソマーズ一行はご夫妻から歓待

されました。関西支部のお世話で幹事長は木下さんでした。最初から夫人同伴の企画

でしたから、私は妻に「生きている内に『万里の長城』を観て置く絶好のチャンス.

このお誘いには乗るべし.」と勧めました。直前になって支障の生じた人もあって、

結果として同伴が実現したのは西村家だけでありました。

 

(1)現地の女性トイレ対策をどうするか?

 旅行準備段階の我が家では「現地の女性トイレ対策」を深刻に協議していました。

私が「中国の公衆トイレはかなり劣悪で、殊にレディスが問題である.ドアーの無い

溝川の様なトイレを跨いで、女性群が一定方向に列をなしてお尻を出し用を足してい

るそうだ.」と解説すると、妻はその様な所へは旅行できないと云う。「ならば、ドラ

イブで長い渋滞に出会った時のカーグーツに車中で小便を受けて固体化するのがあっ

たから、それを沢山買って持って行こう.」と対策はまとまった。がしかし、探し求め

ても見付からず、何処で買うのか分からずじまいで、ウヤムヤのままで旅立った。

 

(2)中国のトイレといえば・・・

  中国出張で北京から大同へ夜行一等寝台車(軟座寝台と云うかな)を体験

しました。その列車のトイレが凄かった。タタミ3畳くらいの広いスペースのレスト

ルームの奥に便座が1つポツンとある。このスペースの意味が今もって不詳ですが、

中国の人々は常に便器から少し離れて小用を足す。シズクで床が汚れると更に少し下

がる。ダンダン下がって朝にはドアーの際まで来てしまい便器は遥か遠方にありとい

うのが実情でした。

  そう云えば、中国のビジネスマンが我が工場へ来訪された時にも小用はアサガオ

から1メートルくらい離れた所からピューとされていましたなぁ。

 

(3)1996年9月、北京近郊の実状は・・

     中国社会はその頃既に急速に変化しつつありました。伊藤さんご夫妻に案内して

頂いた北京とその周辺の観光スポットではインフラに積極投資が進行し、公衆トイレ

も改善著しいものがありました。何と各所に有料トイレさえも出現し始めていて、妻

の心配はほぼ杞憂に終わったのでした。

                                   以上

                         (2002.7.21)