ソウル・W杯宴の後(2)

-街角の色彩・食べ物・表示とW杯-

 

W杯韓国サポーターの熱情・選手のスタミナと闘争心を街角から考察する

いよいよW杯の話に入ります。W杯での韓国の活躍を、韓国の文化・風土・国民性と結び付けられないかと、ソウル街角や文化財を見て廻りました。

無理な試みかも知れないと思いながら、次のように考えました。まず第一に、熱情的応援が印象的だったサポーターの赤い色を韓国の伝統文化・色彩感覚から考察しました。次に、韓国選手のあのスタミナと食事との関係付けを試みました。最後に、韓国選手の闘争心について考えてみました。

 

最初に目に入ってきたのは、教会の尖塔

ソウルの街に入って、最初に目に入ってきたのは、意外にも教会の尖塔でした。韓国は儒教の国という先入観がありましたが、実際はキリスト教徒が人口の30%を占めている、東アジア随一のキリスト教国でもあります。ソウルの繁華街の明洞(ミョンドン)にはカソリックの聖堂があり、傾斜地にある旧市街の住宅地にも幾つか小さな教会が見えました。朝鮮戦争後広がっているプロテスタントのものでしょうか。

調べてみると、韓国歴代大統領8人のうち、李承晩(イスンマン)、ユンボスン、金泳三(キムヨンサン)、金大中(キムデジュン)の4人がキリスト教徒です。そのうち、現・金大中大統領はカソリック教徒です。もちろん、キリスト教とW杯サッカーとは直接関係はありません。しかし、牧師の知人の話では「アーメン」という祈りの言葉にも、韓国の激しい国民性が現れるそうです。

 

W杯サポーターの赤と韓国人色彩感覚-日常的には意外に地味-

まず、W杯で印象的だったサポーターの赤い色について考えてみました。赤は闘牛士の色であり、日本の女性政治家が選挙の時に使う色でもあります。情熱の起爆剤であり、闘争色でもあります。

韓国の赤いサポーターは、選手を奮い立たせる効果がありました。赤いTシャツのサポーターはJリーグにもあります。しかし、韓国チームのような威圧感はありません。やはり、広いスタンドを赤一色に染め、ウエーヴィングの動きと大韓民国(チーハーミング)の大合唱との相乗作用で、初めて大きな鼓舞効果を出したのでしょう。韓国は勝つために、良い色を選んだと思います。

この色は、韓国人の伝統的色彩感覚や文化と関係があるのでしょうか。四方田犬彦さんはNHK人間講座『大好きな韓国』で現代韓国人の美意識についても述べています。その中で、若い女性の化粧と服装について、〈派手な韓国、地味な日本〉と言っています。また、韓国人の色彩感覚は強烈だとも言っています。このような感覚と真っ赤なTシャツは関係するのでしょうか。また、韓国とはイデオロギーを異にする北朝鮮のマスゲームにも、赤の威圧感を感じます。あるいは南北を問わず、朝鮮民族共通の色彩感覚でしょうか。

しかし、上野で見た韓国・朝鮮美術展では、三国時代の弥勒菩薩や朝鮮王朝時代の青磁や白磁が印象的でした。いずれも芸術性の高い渋味のある、落着いた色が特徴です。昔の韓国の写真を見ると、老人の高い帽子と白い服装が目立ちます。時代とともに、好みが変わったのでしょうか。

そんなことを考えながら、ソウルの街を観察して廻りました。民芸品・陶器・骨董品が並ぶ仁寺院(インサドン)では、商品は渋味のある色が多く、道行く人の服装や女性のお化粧にも強烈な色彩感覚には出会いません。朝鮮王朝の宮殿である景福宮(キョンボックン)にある民族博物館も見て廻りました。朝鮮王朝時代の工芸品や服装は白基調では派手なものではありません。王朝時代の文官・両班(ヤンバン)の屋敷もありましたが、色彩を感じないものでした。僅かに、韓国風呂敷きのポジャギは色彩豊かなものでありましたが、四方田さんが指摘するような、強烈な色彩感覚という印象ではありませんでした。

昌徳宮の土産物売り場の女性やガイド嬢のチマ・チョゴリは、落着いた中間色でした。街行く人たちの服装や化粧にも、とくに強烈な色彩感覚は感じられず、ちょっと見には、日本人か韓国人か区別がつきません。

W杯のサポーターの赤から発して、色彩感覚の日韓比較をしてみましたが、民族衣裳を着ることが少なくなった現在、流行は容易に国境を越え、同質化しているようです。

 

ハレの場、儀礼の場における豊かな色彩

最初に豊かな色彩に出会ったのは、朝鮮王朝の離宮であった世界文化遺産の昌徳宮(チャンドックン)でした。奈良の都と同様、〈青丹よし〉の形式でした。大陸から半島を通って、日本に建築様式が伝来したことが分ります。ただし、この建物は奈良の都よりずっと後のものです。屋根の反りとか、屋根飾りは日本と異なった特徴がありました。寒い土地であり、床には温突(オンドル)が配置されているため、床下を石造りにした構造は奈良の寺院とは違います。明り障子も保温のためか、日本よりは頑丈にできており、繊細な感じはありません。

建物の色は、日本のように褪色した地味なものではなく、精緻な文様が鮮やかに朱と青に彩色されていました。周期的に新しく塗り替えて、建設当時の姿を保存するのが、韓国流の色彩感覚です。華やかですが、派手という印象ではありません。

艶やかで派手なものに、結婚式用のチマ・チョゴリがあります。民俗博物館にある朝鮮王朝時代のものも、東大門市場の結婚衣裳店で売られているものも、鮮やかなショッキング・ピンクの原色を配色して、派手好みでした。景福宮では、ちょうど体育大学学生による衛兵の交代が行われていました。分隊ごとに、赤、黄、青の原色に分けられた服装は、鮮やかなものでした。結婚式や儀式に現れる配色は、国旗・大極旗の真ん中の赤と青の丸や、陰陽五行説による韓国模様として知られている巴の渦巻き模様の赤(またはショッキングピンク)・黄・青・白・黒の色合いに通じます。

帰国後、東京の国立劇場に日本舞踊を見る機会がありました。お囃子の席は緋毛氈で、踊り手の衣裳も鮮やかな色を配した艶やかなものでした。日本でも原色に近い鮮やかな色は多く使われています。しかし、韓国のものと違って、日本人好みに洗練された繊細さを感じます。粋でもあります。原色の配色でも、民族による美意識の違いを感じます。

今回の限られた観察からは、韓国の強烈な色彩感覚のものは、ハレの場、儀式の場、舞台衣装に使う民族衣裳に限られているようでした。

 

真っ赤なサポーターは過熱した一時的現象

確かに、伝統文化としては、韓国人の色彩感覚は強烈なものも否定できないでしょう。しかし、あのサポーターの強烈な赤と結び付けるには無理でした。あのサポーターの色は、過熱した一時的現象のように思えました。強いて言えば、南大門(ナンデモン)市場にあふれるトウガラシの色でしょう。

ごく最近出た韓国女性鄭銀叔さんの『馬を食べる日本人、犬を食べる韓国人』(双葉社)という新書に、「白衣の民族-2002年、白から赤への華麗なる変身-」として、私と同じ意見が述べられているのを見つけました。まんざら独断的偏見ではないようです。

 

韓国料理は選手のスタミナを支えているか

次の話題、韓国選手のスタミナに移ります。多くの人は、韓国選手のスタミナをキムチに短絡します。今度の訪韓は、〈韓国人の食生活とスタミナ〉を考える絶好のチャンスでもありました。日本で馴染みの韓国料理は、焼肉(とくにカルビ)、ビビンバ(韓国ではビビンバッブ)、キムチです。日本で定番になっている物以外も食べてみたいと希望していました。

最初の晩、友人に招待して頂いた漢南の高級・焼肉店は、日本では味わったことがない、牛肉の部位を厳選した、美味なものでした。また、日本の韓国焼肉と基本的に違うのは突き合わせの野菜と食べ方のマナーです。チシャのような青野菜と、キムチが食べ放題になっていることです。サラダの中には、朝鮮人参も入っており、バランスのとれたスタミナ食でもありました。肉を包んで食べる青野菜は5種類ほどで、新世界(シンセゲ)百貨店でも売っています。キムチも5種類ほど出てきてます。

翌日は、奥さんが探していてくれた、仁寺洞の庶民的居酒屋で、豆おこわとカルビの昼食を取りましたが、手頃な値段でサラリーマンの昼食になっていました。明洞で全州(全羅北道)本場のビビンバも試みました。昼食時でサラリーマンやOLたくさん来ていました。韓国のサラリーマンやOLは、いつも手頃な値段でスタミナを付けているのでしょう。いずれも、キムチと生野菜はふんだんに出てきます。また別に、民芸品を飾ってある精進料理店で、小皿料理も試みました。多種類の野菜、山菜がたくさん出てきて、薬膳料理のようでした。

味わった韓国料理は、全て美味で栄養バランスがとれた物に思われました。辛いもの好きな私は一月でも続けて食べれそうでした。韓国選手のスタミナと韓国食が関係があるとすればキムチだけではなく、総合効果のように思えました。ものは試しと、エステも試みましたが、朝鮮人参風呂に朝鮮人参ジュースで旅の疲れも除けました。

 

韓国人は豚肉・鶏肉・魚介類だって食べている

韓国人は、肉は焼き肉の牛ばかり食べていると思い勝ちですが、豚肉も鶏肉も魚介類もたくさん食べています。私たちも、魚や鶏肉を食べる機会がありました。友人の奥さんとうちの家内がサシミをつくるということで、ソウル中央魚市場も訪れました。日本海の魚が豊富で、アンコウ・フカ・エイ・ホヤや豊富な貝類に特徴がありました。むかし李承晩ラインを引いて、漁業権を主張していたことを思い出しました。先般、銃撃戦があった黄海で採れたワタリガニもたくさんありました。その日は、ヒラメ・コチ・マナガツオを買って帰り、巻き寿司パーティーを楽しみました。運転手のユウさんに値切って貰いましたが、店のおばさんと喧嘩腰の交渉のように見えましたが、これが普通だそうです。結果的には、ちゃんとまけてくれました。ここでは、「三枚におろす」という日本語が通じます。ヒラメはサシミ包丁でおろしてくれましたが、マナガツオはハサミでハラワタをとってくれました。

韓国のレストランは韓国料理が主体のようですが、最近日本同様にファミリーレストランが増えているようです。中華料理はありますが、中華街はありません。ちなみに小学生に好きな食べ物・嫌いな食べ物のアンケートを取ったら、好きな物はトンカツとピザ、嫌いな物はキムチと野菜だったそうです。

 

歴史的に見て韓国人が武闘集団とは言いえそうもない

次に、韓国選手の闘争心について考えます。我々日本人にとって、韓国・朝鮮人が恐ろしい武闘集団に見えたのは、文永・弘安の役すなわち元寇でモンゴル兵とともに襲来した高麗兵でしょう。現代史では、ベトナム戦争の時、韓国軍は現地人に大変恐れられたと言われています。今なお、徴兵制を取り、テコンドウを必須科目としている韓国軍は優れた武闘集団のように思えます。

しかし、歴史を振り返ってみると、高句麗の広開土王や秀吉の軍を破った名将・李舜臣の話はあるものの、武将の英雄伝は多くありません。北方民族が入れ替わり立ち代わり中国本土を侵した中国史の中で、朝鮮民族の名は出てきません。むしろ、逆に朝鮮は契丹や元に侵されています。

今回の旅では、朝鮮王朝の宮殿・景福宮と離宮・昌徳宮を訪ねました。昌徳宮は世界文化遺産に指定されています。その第一印象は、宮殿としての美しさを感じたものの、軍事的には防備が疎かになっていることです。武官の居場所がありません。朝鮮には武家社会がなかったので、日本のような武士の居城としての城がありません。宮殿は自ら守らないとならなかったはずです。朝鮮王朝は自ら宮殿を守るつもりが無かったのでしょうか。

朝鮮史を見てみると、朝鮮王朝は地理的に不利な条件を考え、大きな国に従った方が得策とした〈事大〉政策をとっていました。そのため、明・清を宗主国と仰いで朝貢し、中国から攻められないようにしていました。

案内書には、この宮殿で日本が働いた悪事が二つ挙げられています。豊臣秀吉による文禄・慶長の役における焼き打ち事件と韓国併合の直前に行われた明成皇后(ミン妃)暗殺事件です。

西の大国、明・唐には朝貢して対策を取っていたが、東の小国、日本に対する対策が疎かだったと思われます。そのため、文禄・慶長の役に参加した日本戦国武将の攻撃に対して、守ることは出来なかったでしょう。日本のような武家社会がなく、文官が武官の上に立っていた朝鮮王朝には、戦国時代を経た日本の武士のような荒々しさはなかったのでしょう。

20世紀の前半までの約5世紀は日本の方が、猛々しい武闘集団であり、朝鮮の指導者はむしろ文弱であったと思われます。今は、立場が入れ替わったのでしょうか。

 

街角から見るナショナリズム

W杯での韓国選手およびサポーターの印象を色彩感覚、食事、武闘集団としての歴史から考察してみましたが、どうも決め手を欠いているようです。次に気になるのは、韓国国民の強いナショナリズムです。日本人が敗戦とともに表に出すことを憚ってき、経済発展とともに弱くなってきたナショナリズムです。

韓国人が反日的で反北朝鮮だというのは、ある程度やむを得ないことです。しかし、反米的でもあると言われ、さらに反中国的でさえあると言われます。W杯米韓戦でのアンジョンハンがショートトラック・スケートの真似をしたのはその一つの現れです。そのくせ、多くの韓国の若者が留学先に、アメリカを選び、アメリカ各地にコリア・タウンを形成し、移住先にしています。

今、韓国は日本海の呼称の問題で、ナショナリズム的発言をしています。ナショナリズムはこのような表示や言葉によく現れます。韓国に足を踏み入れた時、初めに感じるのは街がハングルで溢れていることです。自国語だから当然かもしれませんが、外国人にとって非常に不便です。最近は漢字とローマ字の表示が増えてきたと言いますが、まだまだ不足しています。

まず仁川国際空港に着くと、ほとんどの表示がハングルでローマ字と漢字の表示がぼつぼつ見られます。なんとか分りますが、国際空港としては少なすぎ不親切です。日本語はごく僅かです。ここで降りる外国人としては日本人が最も多く、約半分を占めています。 もっと日本語表示が多くてよいと思います。日本語表示はアメリカのハワイや西海岸より少ないでしょう。日本でもハングル表示は少ないですが、英語とローマ字表示はもっと完備しているでしょう。空港から市内に向かう高速道路の表示は全てハングルだけです。これでは、外国人はとても運転できません。日本では、漢字とローマ字表示が併記されているので、外国人にも何とか読めるでしょう。

国語のハングル専用化は1958年に、「ハングル専用法」ができ進められてきました。ハングルは、15世紀に発明された韓国独自の文字です。この独自の文字を使い、韓国国民に自国の文化に誇りを持たせ、愛国心を高揚しようとしました。その結果、1970年に朴軍事政権下で教科書から漢字が削除されました。日本の美しい漢字仮名混じり文が全部仮名になったと思えばよいのです。ただし、1979年の朴大統領自身の暗殺記事は、漢字ハングル混じり文で書かれています。その後、高校では選択科目で漢文として教えられているようですが、韓国人は極めて漢字の弱い国民になってしまいました。

愛国心高揚策として推進したハングル専用化は、東アジアの共通語の漢字をなくして、日本人や中国人に不便になっただけでなく、韓国人自身にも大きな負担を強いる結果になってます。飛行機で隣りに座った在日韓国人の人と話していたら、「ハングルの新聞は読めますが、意味が分らない。漢字が入っていた方がいいですね」と言っていました。在外同胞も判らない文字になっています。自分の先祖の名も読めない若者が増えているとも聞きます。これは、先祖を大切にする儒教の国にとっては重大な問題です。文化財に掲げた扁額も読めない。朝鮮王朝時代の公文書は漢文で書いてあるそうですが、それも読めない。漱石の小説が読めなくなった日本人を想像したらよいでしょう。

ナショナリズムは食べ物にも現れています。韓国は珍しくチャイナタウンのない文明国だそうです。以前はあったが、排斥されたそうです。

日本文化の導入も長い間、制限されていました。

このようなナショナリズムが、W杯の高揚した闘争心の最大の要因に思えてきました。

 

日韓交流は言葉から

ナショナリズムは国際化と逆行するでしょう。韓国での案内表示に英語・ローマ字・漢字が次第に増えてきています。漢字教育も部分的に復活しようとも動きもあり、日本文化の解禁も一層進むでしょう。

日本でもW杯を機にテレビで、韓国文化の紹介やハングル語講座が増えてきました。飛行機で隣席の在日韓国人の人に、「ソウルで買い物をした時、まけてくれなかった」と言うと、「NHKのハングル語講座にまけさせ方を教えているでしょう。それを勉強していかないと駄目ですよ」と言われた。実は、勉強して行ったのですが、話せたのは、「カサ(感謝)ハニダ」と「アンニョン(安寧)ハセヨ」だけでした。

そのうちに、より多くの人が日韓を行き来するようになるでしょう。そうすると、ナショナリズムが衰退し、国際関係がよくなる一方、サッカーは弱くなるかもしれません。