2003..29

エルパソ・ファレス米墨国境地帯

武山高之

 

ある会社の依頼を受け、メキシコの工場へ品質改善の話し合いに行ってきました。場所は、テキサス、ニューメキシコ、アリゾナ、カリフォルニアと接する2000キロにおよぶ米墨国境のちょうど中間にあるテキサス州エルパソとメキシコ・チワワ(Chihuahua)州ファレス(Juarez)の地域です。

 

エルパソのホテルに泊まり、ファレスのインダストリアル・パークにある工場に2日間通いました。大河リオグランデの中流域で、海抜1000メートルの砂漠地帯にある国境都市です。この時期の、この辺りの、リオグランデの流れは甚だ心細く、これがあの有名な河かという細いものでした。エルパソはテキサス第4の都市で人口は70万、ファレスはメキシコ第4の都市で人口は130万以上で、一体となって200万を超える国境地帯最大の大都市圏を形成しています。

 

ホテルの前には星条旗とメキシコ国旗、それに一つ星(ローン・スター)のテキサス州旗が掲げられており、この地の歴史を思い出しました。エルパソはもともとメキシコ領でしたが、「アラモ砦の戦い」の後、テキサス共和国に入り、すぐにアメリカ合衆国になった所です。ダウンタウンは半時間も歩けば一周でき、街で出会うのはメキシコ系の顔をした人ばかりで、耳に入る言葉はスペイン語が圧倒的でした。つい最近、アメリカではスペイン語を話すヒスパニックの人口が黒人を追い越したそうです。ホテルは国境まで歩いて10分の所にあります。

 

ファレスのインダストリアル・パークは、輸出品を主とした軽工業が中心で、幅5キロ、長さ10キロにおよぶ大工業地帯です。80年代から開発されており、廉い労働力を求める外資系の労働集約的工場が集まっています。普通の旅行案内にはない所です。

 

大都市圏が、国境の短い橋により、生活水準と賃金が数倍も違う二つの地域に分断されている風景は奇妙なものでした。おそらく、地球上ほかに類を見ない特異点でしょう。エルパソはテキサス州の西に飛び出した嘴の先のような所にあります。ニューメキシコのサンタフェやアリゾナのツーソンに500キロと近く、気候も似ています。テキサスの大都市で緑の多いヒューストン、ダラス、サン・アントニオからは1,000キロ以上も離れたテキサス州の特異点でもあります。

 

アメリカからメキシコへの入国はきわめて簡単で、リッチなアメリカ人の入国が歓迎されていました。反対にアメリカへの入国は、かなり厳密にチェックがなされていました。それでも、多くの人が行き来し、税関には長い列が出来ていました。

 

以前、アリゾナのノガレス国境に行ったことがありますが、アメリカへの不法入国者を防ぐため、高さ5メートルもある鉄板の塀が延々と続いていたことを思い出します。聞くところによると、南のグアテマラ国境では、麻薬の侵入を防ぐため、メキシコへの入国が難しくなっているそうです。人口1億人、面積は日本の5~6倍もあるメキシコは巨大都市の首都、太平洋とカリブ海のリゾート、麻薬ルートと多様な顔を持っているようです。

 

今回の工場訪問目的は、日本販売部門の品質改善要求を技術の言葉に翻訳し、工場に伝え、改善方法について話し合うことでした。改善手法はIE(インダストリアル・エンジニアリング)やTQCなどの手法に関するものです。私にとっては、人工腎臓の生産経験が役に立ちました。

 

工場長はアメリカ人、部長クラスはアメリカ人とメキシコ人の両方。ほとんどバイリンガルでした。課長クラスはメキシコ人で、英語はあまり上手ではなく、私にはちょうどいい速さで会話ができました。一般の作業員には英語は通じません。面白いことに、工場長の部屋には、『KAIZEN』というローマ字のタイトルの訳本がありました。「品質は検査ではなく、製造工程で作りこむ」という日本的思想も知られていました。

 

このような改善の話し合いは、現場の人と親密になり、共感できるようにならないと成功しません。以前、同じ会社のマラッカ工場に行って、話し合いをしたことがあります。その時は、中国系・マレー系の管理者と意気投合して、成功しました。多数派の中国系の人たちは、子豚の丸焼きのある美味しい中華料理に招待してくれました。一人だけいた豚を食べないマレー系の人は、次の日に水辺の魚料理に招待してくれました。

 

メキシコ人ともフレンドリーな話し合いが出来、成果が期待されそうです。メキシコ人といえば、テキーラを飲んでマリアッチを楽しんでいる陽気な人たちという先入観を持っていましたが、仕事については真剣な話し合いが持てました。工場のオペレーターもみな真面目な仕事態度でした。壁には、ダンスを楽しんでいるパーティーの写真や表彰状のような物も貼ってあり、工場食堂の雰囲気も日本人に馴染みのあるものでした。

 

2日の短い滞在でしてが、夕日が乾燥した空気の中を沈むのを見ながら、ホテルに向かいました。日本では見られない真っ赤な夕日は、太陽の国メキシコと強烈な色彩のメキシカン・アートを象徴しているようで、明日への期待が持てそうでした。

 

テキサスの美味しいビフテキを食べ、依頼元のYさんが張り込んでくれたナパ・ヴァレーの一番高価なカリフォルニア・ワインで乾杯して、近い将来の改善を期しました。この会社は、世界中に販路を持ち、メキシコのほか、マレーシア、タイ、インド、スリランカ、アメリカ、イギリスなどに工場を持つ国際企業です。近年話題になっているハンチントンの『文明の衝突』や異種文明圏の境界にある活断層の、国際企業への影響の話をサカナにして、楽しい食事になりました。

 

エルパソ・ファレス国境は平和で、そこには文明の活断層はないようでした。