伊藤さんの『香港旅行』を読んで

武山高之

 

〈香港経済にかっての勢いがなくなり、自治のダイナミズムも失われた。APECのテロ対策やオリンピック委員会の査察に対する当局の対応を揶揄する市民の声がある〉との話を、興味深く読みました。

関連して思い出すのは、一年前二組の夫婦でシンガポールに行った時のことです。空港からタクシーに乗り、運転手に「偉大なるリ・カンユー(前首相)さんは元気ですか」と話し掛けました。「元気ですよ」と答えた後、彼はリ・カンユーによってシンガポール経済が如何に発展したかを、さも自分の手柄のように蕩蕩としゃべり出しました。

早口になり、聞き取り難くなったので、話題を変えて「あなたの先祖はどこからきましたか」と聞きました。「海南島からです」との返事を聞いて、アメリカの偵察機事件の話題に移っていきました。「最後に、あなたはどちらが悪いと思うか」と質問され、政治問題で運転手と論争するのも嫌だし、「十分な情報がないので、分からないが、中国もアメリカも日本の友人である」と言った頃、ホテルに着きました。そこには、前に訪れた十年前とは、見違えるようなシンガポールがありました。

運転手といえば、典型的な庶民層です。リ・カンユーは庶民に支えられ、庶民も政治に強い関心を持ち、自由と経済発展を謳歌しているという印象でした。これが、シンガポールの強さの基でしょう。伊藤さんの香港のお話と対比して、面白いと思います。

中村さんが送ってくる「田中宇の国際ニュース解説」(2002.3.5)『アメリカの挑戦に乗れない中国』にAPEC関連記事も海南島事件関連記事も出ています。裏には、虚々実々の政治的駆け引きがあるようで、運転手に対する私の返事も正しかったようです。

日本ではタクシーの運転手とこのような会話をすることはほとんどありません。するのは、「阪神タイガースは勝ちましたか」「イチローは打ちましたか」というようなもので、スポーツ新聞を熟読している彼らからは即座に速報が返ってきます。